第49話 血の繋がり
「ソレイユの為なら」
最初に話を聞いた時は怒りで我を忘れそうになった。
天空界に着くのがもう少し早ければと何度思った事か。
既に幾らかの招待客は帰った後だと、天上神も海王神もいないという失礼極まりない会場で、何とか聞き出せたのはソレイユの悪行についてだ。
「そんな馬鹿な話があるか」
身内の失態について何と重い罰を与えたのか。償いをさせるならばわかるが、殺すなどやり過ぎだ。
(妾が親類に対して甘いからこう思うのか? 否、天上神の考えこそおかしいのじゃ)
娘は可愛がり、息子については厳罰とはどう言う事か。そしてそんな風にして守った娘すら、謝罪の為に海底界に引き渡している。
守りたいのか見捨てたいのか、訳がわからない。
「そして手を下したというルシエル……あ奴もまた屑であったか」
後継となるべく道を歩むために、ソレイユを切り捨てた男など許せるわけがない。
何とか天上神かルシエルとの面会を果たそうとするが、断りを言われる。
「妾の言う事が聞けぬのか!」
思わず怒鳴り声を上げれば、宮殿が壊れそうな異音を立てる。
堪えられず転ぶ者も居たが、そんな事気にしていられない。
「どうかご容赦ください」
泣きながらそう乞う神人を憐れには思うも、その程度で引けるものか。
亡き妹が残した大事な甥を失ったのだ。
「納得いく説明がない限りは帰るわけにはいかぬ」
どこかで何かが崩れる音が聞こえるが、知った事ではない。
「お待たせしてしまって申し訳ございません」
騒然とした場に現れたのはルシエルだ。
「やっと来たか。妾を待たせるとはいい度胸だ」
(こ奴が来たという事は天上神は来ないという事か)
最高神ではなくその息子をあてがうとは、増々怒りがこみ上げる。
「返す言葉もございません」
ルシエルは頭を下げ、形だけの謝罪をする。
「妾は今日月の神の就任の宴に招かれたはずじゃ。なのに来てみれば月の神の就任は流れ、太陽神の訃報を耳にするとは。天空界はこんなに不祥事が溢れるほどに無能ものばかりであったかのう!」
侮蔑の言葉を向けるがルシエルは顔色一つ変えない。
その澄ました態度に腹が立つ。
妾とソレイユの関係は秘密にしているから、何故ここまで怒りを顕にしてるのかわからないとは言え、腹立ちは収まらない。
(周りからはただの仲の良い関係としか見えないじゃろうて)
ソレイユの母であった妾の妹は、ただの名もない神として天上神に召し上げられた。
いや、自ら進んで彼奴の元へと歩を運んだわけだが、誑かされたに等しい。
「地母神である母の元を飛び出し、あんな男に現を抜かすとは」
出奔したが故に地位を剥奪されたが、妹に気にした素振りはなかった。
「あの方の元に行けるのなら」
そう言って眩しいまでの笑顔をして見せた。
天上神は疎か、他の神もこの経緯を知らない。
幼い頃より母である先代地母神の後を継ぐのは妾と決まっていたために、他の妹達はそれほど注目されていなかった。
母は妾とは違い、より慈愛に満ちた存在であったために、妾にはたくさんの妹達がいる。
父もまた優しい性格をしており、野心などない広い心の持ち主であった。
残念ながら妾はそう言う縁がなく、妹達の婚姻を祝い、その子ども達を愛でる日々を過ごしていたのだが……
ソレイユだけは特別だった。
同じ地上の神と結ばれた他の妹とは違い、天空の神と結ばれたのはソレイユの母だけだ。
それも天上神という最低な男と。
正妻であるルシエルの母も当時はいたが、妹はそんな事は愛があれば関係ないといい、やがてソレイユを妊娠する。
だが妹が我が子を愛する事はなかった。
「私が好きなのは天上神様だけ。この子の事までは愛せない」
そんな事を言って虐げていると知ったのは、ソレイユがだいぶ大きくなってきた頃だ。
父からも後継ではないという事から愛されず、母である妹も会う事をしない。孤独な少年であったソレイユは、今のルシエルのように表情の乏しい様であった。
「何と酷な事を……」
愛や温もりが必要な時にそれを与えられず、独り過ごしてきたソレイユが可哀想で、妾は足繫くソレイユの許へと通った。
自分と会う事は内緒にするようにと言い聞かせ、強くなる方法、そして他者との接し方を説く。
その必要性を知るまではなかなか時間がかかったが、少しずつソレイユは覚えてくれ、色々な事を話してくれるまでになる。
そうしてソレイユは気づいてしまった。
自分が父からも母からも愛されていない存在という事に。
その頃にはもう妾は妹の目は覚めないだろうと諦めた。悲しい事だが妾の言葉は、天上神への愛の前に阻まれ届かない。
そうして呆気なく死んだ事を聞く。
天上神への怒りはこみ上げたものの表立ってがなり立てる事は出来ず、それにソレイユの事が心配で、そちらに気を配る事まで出来なかった。
だが意外というか当たり前というか、ソレイユにあまり傷ついた様子は見られない。
「俺は大丈夫です。兄がいてくれましたから」
どうやら妾が知らない間にルシエルが適宜ソレイユの所に来ていたようで、時折奴の名が出る事が増えた。
それに伴いソレイユの顔から笑顔が増える。
(ソレイユは自分の居場所を手に入れられたのだな)
不遇を憂い手を貸していたが、落ち着いてきたようで安心する。
そんな折に姪たちの祝言や地上界に外敵が増えた事もあり、忙しくなってきた。
ソレイユも太陽神として就任し、一人前になったので、更に会う時間は減ってしまう。
なかなか会えなくなったが、天空界に援軍の声掛けをする際はソレイユを名指しし、その姿と様子を時折確認していた。
立派に成長した姿を見られ安堵する。
ルナリアという娘についても話しは聞いていた。
天上神の秘蔵っ子で、ずっと他者の目に触れないようにさせて来たと。異常な愛を向けられているようだ。
ソレイユに関係する事がなければ別に大丈夫とは思った。
妹の死後ほいほいと別な女をひっかけていた天上神には嫌悪を抱いたが。
(まぁ血の繋がりのない女に同情するほど妾も暇ではない)
それ以上にあの男の血を引く者がまた増えたという事で虫唾が走る。
(だから妾はルシエルの事も好いてはおらぬ)
あの男と同じ金の髪も見目麗しい姿も神経を逆撫でするものにしかならぬ。
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