第48話 従姉妹

 気まずい空気が流れた後、一先ず身体を休めるようにと食事と部屋が与えられた。


 疲れた身体には有り難い事ではあるのだが、ルナリアの事を話したのもあって、気持ちが落ち着かなくなってしまった。


 より一層早く彼女に会いたい気持ちが募る。


 自分がこうしている間も彼女は辛い目に合っていると思えば、やるせない気持ちが芽生えてしまったのだ。


 周囲の灯りが著しく弱くなる。


 地下ではあるが、外の時間に合わせてこうして暗くなるのだそうだ。


 星も月も擬似的なものが用意されているが、まやかしだと思えばますます本物が恋しくなる。


「眠れないな」


 気が高ぶってしまったために寝台より下りて部屋の外へと出る。


 近くにいた神人に少し散歩をしたい旨を伝えると、あっさりと許可が出た。


「ソレイユ様ならご自由に宮殿内を歩いていいと、地母神様から申し付けられております。どうぞゆっくりとお過ごしください」


 いくら地母神の甥だとは言え、こんなにも簡単に宮殿内を散策する許可を得られるとは思っていなかった。


(一応天空界のものなのだが)


 普通であれば部外者の独り歩きなど許されないと思っていたから意外であった。


 だが、許されたのだから気分転換に宮殿内を回らせてもらおう。


 夜というのもあり出歩く者は少ないが、すれ違う神人達は皆好意的な対応をしてくれる。


 その様子に少しだけ違和感を覚えてしまった。


「そうか……ルナリアの所の神人達はいつも怯えていたから、何やら妙に感じてしまうのか」


 彼女の所で働いていた神人達は常に怯えており、こちらと目を合わせないようにしていたのに対して、ここの神人達はとても朗らかだ。


 それだけでいかに天空界が、いや天上神の行いが非常識であるのかを思い知らされる。


「本来であればこうあるべきだよな」


 全ての者ではないが、神人はいつか神となる存在、いわば神の卵だ。そんな存在を軽んじる天上神はやはり間違っていると改めて思う。


 自分勝手で強欲で思い通りにならねば力でねじ伏せるなど、どう聞いても頂点に立つべきではない存在なのだが、誰も彼に逆らえない。少なくとも天空界の者は。


「そう考えると海王神が持っている秘密がどのようなものか、知るべきだな」


 あの天上神を黙らせた言葉、それを知りさえすれば、もしかしたら戦わずとも兄にその座を渡すようにと迫れるかもしれない。


 そうなればルナリアを返してもらうという交渉もしやすいだろう。


「どのみち海底界に行かねばならないな」


 海王神の口を割らせるにしても、ルナリアを取り戻しに乗り込むにしても、海に潜る必要がある。


 だが海中には目印がない。


 海底の神ならばどこに何があるのか分かるのだろうけど、俺ではどのあたりに海王神やリーヴの宮殿があるのか、見当もつかない。


「結局今の俺が出来る事は何もないか……」


 自分の頭ではいい案など浮かびようもないと、ついため息が出てしまう。


「あら、ソレイユ様。どうなされたのです? お疲れですか?」


 ふと声を掛けられて振り向けば、赤子を抱いた女性が立っていた。


 薄紅色の髪に黄色い瞳、その表情はやや疲れているものの穏やかなものだ。どこかで会ったような気もする。


 その後ろには数人の神人達が付き添っていた。


「まだ疲れが残ってるのではないでしょうか。お部屋にご案内しますよ」


「いや大丈夫だ、気遣いをありがとう。ところで君は誰だったろうか? すまないが覚えていなくて」


 そう言えば女性はやや驚いた顔をする。


「あら、忘れてしまったのですか? あなたの従姉妹のエリスですよ」


「あぁエリスか。久しぶりに会うしすっかり綺麗になっていたから、わからなかった」


 言われてよく見れば確かにエリスだ。


 随分と前に会ったものだから、顔立ちも体型も昔よりも大人になっていて、言われなければわからなかった。


(そう言えば最初に案内された時、地母神はエリスの所にいると言っていたな)


 それにしても何故こんな夜中に歩き回っているのだろうか。出産からそれ程日を置いてないと思うのだが、体は大丈夫なのか。


「あなたも大人になりましたね、そんな事を言えるようになるだなんて。昔のやんちゃぶりからは想像も出来ませんでしたわ」


 微笑を浮かべるエリスは腕の中の赤子を見つめる。その顔はすっかり母親の顔だ。


「それよりもこの時間に出歩くとは体に悪くはないか? まだ産後そんなに経っていないだろう」


「平気ですよ。寧ろ何もしないよりは動いた方が体にいいし、この子も部屋に籠るよりもこうして歩いた方が寝られるみたいですので」


 すやすやと眠る我が子を見てエリスは幸せそうだ。


 その表情に安堵と共に辛さが蘇る。


(そのような愛を向けられるというのは幸せだな)


 幼い頃より母は自分よりも父の方ばかりを向いていた。


 可愛がられた記憶がない故にエリスが子に向ける愛情が新鮮で尊いものに感じられる。


「この子の名前は何て言うんだ?」


「クラジュよ。将来伯母様のような素敵な戦士になって欲しくてね」


「それは良い名を貰ったな」


 そっと頬に触らせてもらうと柔らかで暖かな感触がある。


 こんなに小さくともしっかりと生きているのだ。そしてこのように愛され、恵まれている環境にいるこの子が堪らなく羨ましい。


(伯母上を戦火に巻き込むわけにはいかないな)


 万が一にもここが攻め入られるような事があってはならない。早々にアテンとニックを連れてここを出る事にしよう。

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