第42話 不気味な気配

「ソレイユ様ぁ、そろそろ休みましょうー。僕もう疲れました」


 飛ぶ速度が落ちてきたニックが泣きべそをかきそうな顔でそう訴えて来る。


 アテンと俺は顔を見合わせ、ため息をついた。


「仕方ないな」


 人の街を目指し飛んでいたが、ニックの体力が限界と見て地面へと降り立つ。


 だいぶ夜も更けた事だし、これ以上進んでも丁度いい場所はないかもしれない。ならば無理をせずにこの辺りで休むとしよう。


 いくらシェンヌに癒してもらったとて完全とは言えず、止まれば一気に疲労が押し寄せてきた。


(俺自身も先程戦ったばかりだし、無理はするものではないな)


 人に見つからぬように街道から少し離れた森へと入ると、アテンが結界を張ってくれた。


「交代で少し休みましょう、最初は私が見張りをします」


「ありがとう、アテン」


 休めると聞いたニックはもう寝息を立てている。早いものだ。


 体は疲れているが眠れそうにはない、少し体を横にしたり目を瞑るだけでも違うだろうと木に凭れ掛かった。


 その時ふと空に浮かぶ月が見える。


「月の光が弱いようだが、ルナリアがいないのが原因か?」


 いつもなら煌々と輝いていたはずだが、今は真昼の月のようにぼんやりとしか見えない。


 地上から見るからかと思ったが、それにしては存在が霞んでいる。


「ルナリア様が居なくなった事で影響が出ているようです」


 アテンが少し言いづらそうに続ける。


「それだけではありません。ソレイユ様もいなくなった事で天空界は混乱の最中です。最高神の次に高い神位を持つお二方が一気に居なくなったのですから、後任が就任してもすぐに立て直すのは難しいようですね」


 本格的な後継の育成はまだしていなかったから、一体誰がなったのだろう。


 振ってわいた話に戸惑いと重圧がかかったのではないかと、責任を感じてしまう。


「兄上は、大丈夫か? そんな状況では多大な負担が押し寄せただろう」


 父はどうでもいいが、兄の事は心配だ。


 真面目で責任感の強い兄だ。投げ出すことはしないだろうけれど、兄だけで持ち堪えるのは辛かろう。


「ルシエル様は毎日頑張っておられます。文句を言う事もなく休む事もなく……本当に素晴らしい方ですね」


「兄上は出来た方だ。俺の事まで慮ってくれて、本当に感謝が尽きない。早く力になりたいのだが」


 こんなところで燻っていることがもどかしい。


「それで、天上神はどうしてる? せめて真面目に動いてくれてれば兄上の負担も減るだろうが」


 あまり期待を込めずに聞けば、アテンは顔を歪めて嫌悪を露わにする。


「ルナリア様が居なくなったことで放心状態だそうです。本当にあれで最高神と名乗れるのか、甚だ疑問ですね


 こんな事を面と向かって言ったら八つ裂きにされそうだが、今は顔合わせる事もないし、俺の前だからと口が軽くなっているようだ。


 アテンにしては珍しく憤慨している。


(気持ちはわかるな。自ら差し出したルナリアを想い無気力になるとは、何とも意味不明で勝手なものだ。そしてそのしわ寄せが兄上に行くなど。本来ならば会ってはならない事だ)


 ならばいっそ引退し、その座を兄に明け渡せばいいのにとまで思ってしまう。


「……ソレイユ様」


 そんな考え事をしていたら、アテンが小声で呼びかけて来る。


「何者かの気配を感じます。ご注意を」


 アテンはそっとニックの側に行き、体を揺らす。


「ん〜……もう交代?」


 寝ぼけ眼で起きたニックの手を取って、そこに文字を書いて伝えるとニックが驚きの表情をした。


 不測の事態にも声に出さない、それだけでニックの成長を感じる。


 俺のもとに来た時は騒がしい子どもであったというのに。


「じゃあ今度は僕が交代するから二人は休んでいて」


 ニックは平常心を装いながら、体を伸ばす。


 ややギクシャクしているのは妙な気配に対する緊張感からか。


「あぁ頼む。しかし寝てしまいそうな時はきちんと言うんだぞ」


「わかってますよ」


 あちらに気取られぬように会話を続けながら、相手の気配を探る。


 どこから襲ってくるのか気が抜けない。


(ここまで巧妙に姿を隠せるとは、人間か?)


 気配はすれどそれがどの方向からなのかわからない。


 異変に気づいたのはニックだ。


(ちょうどソレイユ様の後ろの方から、ゾワゾワした気配が近づいてきます。何だか不気味なですね)


 俺の後ろか。


 まぁアテンとニックが狙われるよりはいいだろう。


 ニックに言われ集中すると、確かに何らかの気配はある。


(段々と近づいているし、この気配は前に感じたことがあるな)


 シェンヌの森と同じだ。


 そうこうしている内に黒い無数の影に視界を遮られた。


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