第43話 黒と赤

「炎よ」


 無数の黒い小さなもの達が闇夜に乗じて一斉に飛び掛かってきたのを火で焼き尽くし、塵にしていく。


「大丈夫か?」


「はい、ありがとうございます」


「僕こういう小さい粒粒したの苦手なんですよね、やだなぁ」


 アテンとニックも怪我はないようだ。


「随分と小さな手下を飼っているのだな」


 暗闇の奥にいるであろう本体に声を掛ける。


「あら、バレていたの? 意外と勘が鋭いのね」


 悪びれもせず、そして臆することなく呑気な口調で現れたのは、女性だ。


 ただし下半身は異様な姿をしている。膨れた腹と数本の足で構築されていて、まるで蜘蛛のようだ。


 だが異様に太く大きい足で、身の丈は俺よりも高い。


 女の顔を見るのに見上げなくてはいけないなんて初めてだ。


(異様な気配はずっとしていたが、こんな化け物がいたとはな)


 女の足元でざわざわとまた黒い粒が動いている。子蜘蛛だろうか?


「俺達に何の用だ、こんな気味悪いのを差し向けやがって」


「ちょっとお話をしようと思っただけよ。この辺りに近付く人間が減っていて退屈だったの」


 この化け物のせいで人が寄らないのでは?と思ったけれど、それを言って怒らせるのも良くないか。


 見るからに異形だし、血の匂いがする。


(シェンヌの森であったあいつに気配もそっくりだ。こいつもハディスという類か)


「話しだって? 生憎と俺達は話をする気はない」


 そう突っぱねれば女は妖艶に笑う。


「活きの良い男性は好きよ。若いのは尚更」


「だそうだ、ニック。ご指名だが」


 この中で一番年下のニックに振ればぶんぶんと顔を横に振った。


「ごめんなさい、僕好きな子いるので!」


 それは初耳だ。後でじっくり話を聞こう。


 今の窮地を脱したらその恋が叶うように応援したいからな。


「アテンはどうだ?」


「私も遠慮しておきます」


 そっと手を出し、こちらも拒否の姿勢だ。


「すまない、恥ずかしがり屋が多くてな。残念ながら他を当たってくれ」


「そんな事を言わずに少しは一緒に遊びましょう」


 またしても黒い子蜘蛛達が向かって来た。


 しかし今度は纏まってではなく散らばって襲ってくる。


「うひぃ、気持ち悪い」


 ニックが半泣きになりながら、風を操って子蜘蛛を弾き飛ばし、アテンは子蜘蛛が近づかないように風の壁を作る。


「ソレイユ様、どうしますか?」


「もちろん討つ。人に害を為す存在だからな」


 人だけではなく神をも襲い喰らうだろう。


 狂気と欲に塗れた目からは、俺達の内誰から食べようかと画策しているのが見て取れる。


(みすみす食べられるわけにはいかない)


「アレまでの道を作るのを頼めるか?」


 二人は頷き、そして同時に力を放出する。


 前方に向かい風が吹き荒れ、子蜘蛛達が一斉に吹き飛ばされた。


 女まで一直線の道が出来る。


 俺は勢いよく走りだし、拳に火を纏わせて体重を乗せた一撃を放とうとするも女の姿がかき消える。


(こいつもあの男のように影に消えるのだろうか)


 拳に乗せた炎を自身の体に纏わせる。


 激しく燃える炎が周囲を赤く照らしたが女の姿はない。


「危ないじゃない、火傷したらどうするのよ」


 どうやら木の上に飛んだようだ。声のする方に火を放つが、手応えはない。


「どこを狙っているの? あたしはここよ」


 クスクスと嘲るような笑い声が別方向から聞こえて来る。


(高速で移動しているな)


 どんな手段かはわからないが木から木へと移っているらしい。


 様々な方向から声が聞こえて来る。


「ソレイユ様ぁ。とても不気味です、僕怖いの駄目なんですよ」


 変わらず子蜘蛛を蹴散らしながらもニックは弱音を吐く。


「情けない事を言うな。そんなんでは元の世界に戻れないぞ」


 アテンは叱咤するが、それでもニックは怯えている。


 実戦経験も少ないのだから仕方ないか。


「あら、あなた方も別な所から来たの?」


 あなた方もとはどう言う事だ?


「お前もここではないどこかから来たのか。ここに来る前に似たような奴に会ったんだが……」


「へぇ」


 何やら興味を持ったようで、女の笑い声が止まる。


「その男もお前のように夜や暗い所でしか活動できない者であった。名は知らないが、自分達はハディスという存在と名乗っていたな」


「……その男をあなたはどうしたの?」


 声音が変わる。


「殺した。俺とそして他の神を襲ったからな」


 正直に話せば殺気が濃くなる。


「そう、殺したの。そうなのね」


 深く地の底から聞こえてくるような低い声になる。


 そしてまたざわりとした空気に変化していく。


「ではお礼をしないとね」

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