第41話 招かれざる客

「あの、本当にこんなものが役に立つの?」


「えぇ。寧ろ貴重なものをありがとうございやす!」


 勢いよく頭を下げるとルナリアは慌てていた。


「そんな事しなくていいのですよ。この場を切り上げられるのならもっとあげても大丈夫よ」


「いえいえ、これでも惜しいくらいでさぁ。ではちぃっと追い払って来やすので、ここで静かに待っていてくださいね。声も出しちゃいけませんぜ」


 そう言うとルナリアは口を抑え、こくこくと頷いた。


(素直な良い娘だな)


 先程は思いがけず過酷な話を聞いて驚いたが、それを聞いたらより見捨てられなくなってしまった。


 部屋を出てルナリアが鍵を掛けたのを確認し、外からこの部屋の気配を消すように力を使う。


「うっかりしてやしたね、ここには人間以外も大勢いるって事を」


 黒い膜が部屋の外を包む。


 部屋から出るなと言ったし、これに気づかれることはないだろう。


「さてと厄介な客人を追い払いに行きやすか」


 さて良いものを頂いた。


 本来であればこのような使い方は勿体ないのだが……。


「背に腹は代えられやせんね」


 大きなため息と共に俺はそっと外の様子を伺う。目を閉じ、力を使って彼らの詳細な情報を手に入れようと集中した。


「確かにここからのようだが……本当にこんなところにルナリア様はいるのだろうか」


「確かにルナリア様の気配はするが、このような汚いところにあのような方がいるとは思えない。しかも人間が住むような所だぞ」


 会話の内容から、やはりルナリアを探している連中で間違いないようだ。


(ルナリアは遠回しに説明をしてくれたが、この気配が普通の人間であるわけがないな)


 神人ではなく神のようだ、そこそこ強い力を感じる。


「という事は食べちゃ駄目って事なんすよね」


 神を食べたらお腹は満たされそうだが、ただでは済まないだろう。


 大き目なため息を吐き、俺は足を進める。


 屋敷に入られてルナリアが見つかったら面倒だ。早めに決着をつけなくてはな。


「どうかなさいやしたか?」


 俺は努めて明るく声を掛けた。


「な、何だお前は?!」


 そうすると驚いたのか、男達は槍を手に振り向く。


(ビビりな奴らめ)


 内心で嘲笑いつつ、俺は情けない声を出して、地に頭をつけた。


「あぁすみません、命だけは奪わないでください!」


 俺の行動に眉を顰めながら男達は一応武器は下ろしてしてくれたが、警戒は解いてはくれない。


「珍妙な格好の奴だな。貴様、人間か?」


 失礼なことをいうものだ。


「あっしはクラウン、ただの道化師でやす。何やらお困りの様子でしたから声を掛けたのですが、何かありやしたか?」


「お前はここに住んでいるのか?」


「へぇ、こんなボロでも住めば都。独り身にはちいっと大きいですが、雨が防げるだけ儲けものでございやす」


 手を擦りながらそう言うと侮蔑の視線が投げられる。


「人と言うのはこのような状態でも住めるのだな。さすが生命力が強いだけある」


(その発言だと自分らは人間ではないと言ってるようなものだけどな)


 あからさまに見下されるが、別に争うつもりはない。


「こんなところにいるとは思えないが、ここに女性はいないか? 銀の髪に紫色の目をした美しい女性に見覚えは?」


「女性とは縁遠い生活をしておりやすし、美しい方なら余計こんなところではみかけやせんね。でも銀の髪には覚えがありやすよ」


「何?」


 俺の言葉に食らいついた男達は槍を握る手に力を込め、威圧するように詰め寄ってくる。


「どこで見かけた? その覚えとはなんだ」


「落ち着いて下さいよ、覚えとはこれです」


 俺は懐からルナリアの髪を取り出して見せる。


 先程一部分を切らせてもらったのだが、こんな奴らに見せるのも上げるのも勿体ない。


「大きな街でお守りとして買いやした。キラキラと輝いていて、今にも幸運が舞い降りそうでしょ? なにやら女神の加護があるとかで、大枚をはたいて買ったんです」


「これを寄こせ」


 力づくで取ろうとする男達の手をするっと躱す。


「ただでは嫌ですよ、有り金全てをつぎ込んだんですからね。そうですね……何かお金になりそうなものと交換なら良いですよ。ほら、お兄さんがつけている金の腕輪とか」


 指を指された男は嫌そうに顔を顰めながらも渋々と渡してくれた。


 ルナリアの髪には劣るが換金すればいい金になるだろう。


 撤回されるより早くルナリアの髪を渡し、大袈裟に喜んで見せる。


「おお、これは高く売れそう。これで美味しい飯にありつけやす、兄さん方ありがとうございやす」


 俺はにこにこと笑うが、男達は眉間に皺を寄せ、ルナリアの髪をまじまじと見ている。


「感じられる力は確かにルナリア様のものだ。おいお前、これを街で買ったと言ったな。どこの街だ」


「へぇ、あっちのゴーディーという大きな街で売られてやした。あそこは賭け事や人身売買が盛んでやして、奴隷やら娼婦やらも売ってるちと危ない街です、兄さん方も気をつけてくだせぇね」


 それを聞いて男達は目に見えて慌てだした。


「わかった、ではな」


 足早に去っていく男達を見送って、俺はルナリアの所に戻った。


「あの男達は帰りやしたぜ、嘘の情報を渡したからしばらくは戻ってきやせん」


 そう告げればルナリアはホッとした様子だ。


「ありがとう、クラウン」


「どういたしやして」


(きちんとお礼を言うのだから、ルナリアはやはり良い娘だ)


 男達など俺を見下すだけで、お礼の一言も言いやしなかった。


(しかしいつまでもここにはいられないな)


 今はあちらの街に探しに行ったが、いつまた戻って来るかもわからない。


 一か所にずっといるわけにはいかない。


(俺もあてがあるわけじゃないが、いつまでもここにいるわけにはいかないな)


 何より身重なルナリアがいつ産気づくかもわからない。


 出産についての知識もないし、せめてここよりも清潔な場所に移らないといけないだろう。


 路銀は確保できたし、どこか安心できる場所を探してあげないとな。


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