04 執念
固定していたシャーレが外れ、俺はジミーと共にリハビリに来ていた。シャーレの代わりにサポーターをつけることになり、そのつけ外し方をイトウさんに教わった。
「家でもしっかりリハビリされているようですね、アンダーソンさん。効果出てますよ。そろそろ筋トレを取り入れてみましょうか」
「よろしくお願いします」
俺は寝台にうつ伏せになり、イトウさんに言われるがままの動きをした。
「アンドロイドをリースされているんですよね?」
「ええ。とても便利ですね。一人暮らしなんで、助かってます」
あの日から、ジミーは毎晩俺と添い寝をしてくれていた。アンドロイドだから、頭の重さも気にならないらしい。朝になるまで腕枕が外れていなかった。もちろん、そんなことはイトウさんには言えない。
「そうです。もっと強くてもいけそうですね。両足が地面につけられるようになったら、さらに負荷を高めましょう」
「わかりました。早く自由に歩きたいですよ」
夕食はネパールカレーだった。ジミーが遠くまで買い物に出てくれたのだ。キッチンを長い間占領しており、その間に俺は仕事を進めた。骨折する前より、作業ははかどった。家事を全て任せてしまっているせいもあるが、何より毎晩のアレだ。
「ハヤテ、できましたよ」
「そうか。切り上げるよ」
チキンとトマトが入った赤いネパールカレーだった。一口すすると、辛みが口内を駆け巡った。うん、丁度いい。
「美味しいよ。俺の好みをよくわかってきたな」
「はい。すっかり学習しました」
食事をして、余計に気分が乗った。俺はタバコを一本吸ってから、仕事を再開した。ジミーは片付けをして、それが終わるとリビングの椅子に座って待っていた。気付けば深夜になっていて、俺は立ち上がって伸びをした。
ブラインドの隙間から、夜空を眺めた。珍しく、月が綺麗に出ていた。俺はジミーに話しかけた。
「見ろよ、ジミー。月が出てる」
「そうですね。人間は月に思いをはせると聞きます」
「そうだ。日本に伝わる話でな。竹取物語っていうのがあるんだ」
「どんな話ですか?」
「老人が竹の中から女の子を見つけて育てる。実はその子は月の出身で、最後には月に帰ってしまうんだ」
「SFですか、ハヤテの好きな」
「まあ、日本最古のSFって言う人も確かにいるな」
俺はジミーの頬をさすった。識別用のバーコードの部分を。
「ジミーも、リース期間が終われば帰ってしまうんだよな」
「はい。また新たな利用者さまのところに派遣されます」
「そうか……そうだよな」
俺たちは寝室へ行った。ジミーは何も言わなくても腕を差し出してくれるようになった。俺は頭を乗せ、黙り込んだ。
この生活はもうすぐ終わる。俺の足が治れば、もう介助用のアンドロイドは必要ない。元々そういう契約だった。ジミーはそのために作られた。なのに。
「嫌だ……俺、ジミーとずっと一緒にいたい。これからも、共に暮らしてほしい」
「それはいたしかねます。僕はリース専用のアンドロイドです。申し訳ありません」
跳ね起きた俺は、這ってリビングに行き、工具箱からハンマーを取り出した。家具を組み立てたときに使ったものだ。それを覚えていた。そして、それを足首に振り下ろそうとした。
「ハヤテ!」
物凄い力でジミーが俺の腕を掴んだ。
「離せ、ジミー」
「自傷行為をなさるようなら止めるようプログラムされておりますので」
ジミーは俺の指をほどき、ハンマーを離させた。ゴトリと床に落ちたハンマーは、冷たい輝きを放っていた。
「だって、治ったらジミーは帰っちまうんだろ。嫌だ。嫌なんだ」
「落ち着いてください、ハヤテ。今のあなたは冷静ではありません」
俺はベッドに寝かされた。ジミーが隣にきて、トン、トン、と肩を叩いてくれた。幼子にするように。
「なあ、ジミー。今までも、お前と離れたくないってごねた利用者はいるのか」
「いらっしゃいません。ただ、同型のアンドロイドで、そのような事態になったことはあると聞いております」
「そいつは……どうなったんだ」
「職員が強制回収しました」
「そうか」
やっても無駄だということだ。わかっていた。ジミーの引き渡しを拒んだところでどうにもならない。なら、せめて。
「ジミー」
俺はそっと口づけた。ジミーは拒まなかった。俺は唇を舌でこじ開けた。セラミック製だろう。形のいい歯をなぞり、吐息を漏らした。
「愛してる、ジミー」
「僕には愛というものが認識できません。それは人間にしかないものです」
「それでもいい。愛してるんだ。お前を俺だけの物にしたい。方法、考える」
「繰り返しますが、僕はリース専用のアンドロイドです。耐用期間が終われば廃棄されます」
「だから、考えるって言ってるだろ。人間の愛ってもんはな、執拗で、泥臭くて、どうしようもないんだよ。それをわからせてやるよ」
俺はさらに口づけを交わした。そんな夜は、幾夜も続いた。
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