03 衝動
その日はいつものように、シャーレと呼ばれる固定器具を外し、ジミーに身体を洗ってもらっていた。彼は半袖のTシャツにハーフパンツという姿だ。手術の痕は二か所。足首の内側が五センチくらい、外側が十センチくらいだ。ジミーはそこに優しくシャワーをかけてくれた。
やはり、男性型のアンドロイドにしておいて良かった。女性だと妙な気を起こしてしまっただろう。両手は使えるから、自分で洗えるのだが、俺はジミーに甘えてシャンプーをしてもらうようにしていた。
「ハヤテ、かゆいところはないですか?」
「うん、大丈夫。もっと力入れてもいいぞ」
「どうでしょうか」
「おお、気持ちいい」
身体を拭いて、シャーレをつけ、包帯を巻いてもらった。俺のように、骨折してリースのアンドロイドを呼ぶ人間は多いらしく、ジミーも実に手慣れていた。専用の訓練も受けていたのだろう。
「よろしければ、足のマッサージもしましょうか」
「そんなのもできるのか? もっと早く言ってくれよ」
「申し訳ありません。初めにオプションを提示しておくべきでしたね」
俺はベッドに腰かけた。ジミーがひざまづいて、足を揉んでくれた。そのうちに、眠くなってきて、俺は夕方まで仮眠をとることにした。
「ジミーもリビングで充電してこいよ」
「はい、わかりました」
照明を落とし、目を瞑った。身体を深く沈め、力を抜いた。
夢を見た。子供の頃の夢だ。俺は白いシャツと黒いズボンを着せられて、火葬場に立っていた。ハヤテくんには刺激が強いから、と骨を拾うことは叶わなかった。だから、ロビーでずっと立ち尽くしていたのだ。容赦なく日光が照りつける、湿った夏のことだった。
俺は汗だくになって身体を起こした。
「ジミー! ジミー!」
すぐにジミーは寝室にやってきてくれた。
「どうされましたか、ハヤテ。心拍数が高いです」
「嫌な夢見た」
俺はジミーを椅子に座らせ、ぽつりぽつりと語りだした。
「十歳の頃な。交通事故に遭ったんだ。俺だけ無傷だったが、運転席と助手席に座っていた両親は……即死でな。一気に失ったんだ。それで、父方の祖父母に引き取られることになって、この街にきた」
「そうでしたか。お辛かったですね」
「……アンドロイドに何がわかるんだよ」
これは八つ当たりだとわかっていた。俺はジミーの頬をはたいた。
「アンドロイドには、人を失う痛みはわからないだろうが。この痛みも、実際には痛いとは感じていないんだろうな。痛みを加えられたと認識するだけだ」
「その通りです、ハヤテ。そして、アンドロイドを虐待することは契約違反になります。これ以上危害を与えられますと、通報して契約解除の運びになりますが、それでもよろしいですか?」
俺はジミーを抱き締めた。
「すまん。本当にすまん。許してくれ。もう絶対にしないから」
「……虐待されるのは初めてではありませんから。このくらいであれば許容範囲です」
思わず涙があふれ出てきた。抱き締めたまま、俺は聞いた。
「今までも酷い目に遭ってきたのか?」
「ええ。顔の骨格パーツを損傷したこともありました。アンドロイドは案外繊細にできているんですよ。取り扱いには注意してくださいね」
淡々とした物言いに、俺は改めてアンドロイドには感情がないのだと思い知らされた。ジミーはよく笑う。けれど、その笑みもプログラムされた動きなのだ。
「なあ、ジミー。今夜は夕飯は要らない。そんな気分じゃない。その、さ。心細いんだ。添い寝してくれないか?」
「では、充電プラグを寝室に移し替えますね。少々お待ちください」
ジミーは一旦リビングに行き、充電プラグを首の後ろに繋げ、ベッドに横たわった。俺はジミーの腕をとった。
「腕枕してくれよ」
「はい」
自分でも、こんなことをしているのが信じられなかった。いくらアンドロイドとはいえ、ここまで要求してしまうなんて。口では恋人なんて要らないと言いながら、結局俺は人肌が恋しいのだ。
「警告しておきますが、性的な行為はいたしかねます。そもそも、僕には生殖器官と排泄器官は備わっておりません」
「まあ、違法だもんな。それがちゃんとついてるセクサロイドもいるって聞くけどよ」
「一部の界隈では取引されているようですね」
「ジミーはそんな同胞のことをどう思うんだ?」
「難しい質問ですね。僕たちには同族意識というものもありません。感情移入というものができないんです。よって、彼らが可哀相であるとか、そういった感傷を持つこともありません」
俺はジミーの胸にしがみついた。鼓動ではなく、機械音がジージーと鳴っていた。
「……今までも、こうして添い寝したことはあったのか」
「いえ、ハヤテが初めてです。ハヤテは僕を物として扱わない。それも珍しいことです。紙の本とタバコをたしなむように」
俺は折れていない方の足をジミーの足に絡ませた。彼は身動き一つしなかった。俺は再び、眠りに落ちていった。
「おやすみなさい、ハヤテ……」
ジミーの声が遠くで聞こえた。
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