02 リハビリ
ジミーと暮らして三日が経った。彼は買い物や料理もできた。買い物のリストは俺が作成する必要があったが、その通りの物を買ってきてキッチンに立ってくれた。
「お味はいかがですか」
「もうちょっと濃くてもいい。肉じゃがは甘い方が好きなんだ。それにしても、ジミーはよく日本の家庭料理を知っていたな」
「この街には多種多様なルーツを持つ方々が暮らしていますから。各国の料理は予め訓練しております」
フリーランスだと、誰かと会話することも少ない。用事はメールで事足りてしまう。なので、俺は人恋しさを紛らわすため、よくショットバーに行っていたのだが、この足じゃそれもできない。ジミーと話すことは、いいストレス解消になった。
「今度はあれ作れるか。ネパールカレー」
「材料さえあれば。最寄りのスーパーにはありませんので、足を伸ばして専門店に行ってきますね」
さて、今日は初めてリハビリに行く日だ。タクシーを予約していた。俺はジミーに荷物を持ってもらい、松葉杖で外に出た。タクシーの運転手もアンドロイドだった。この街じゃ、こうして彼らを見かけることは珍しくなくなった。
病院の受付でIDをかざし、リハビリ室へと案内された。ジミーは待合室に座らせておいた。イトウと名乗る女性の作業療法士がついた。同じ日系だとわかったので、彼女との話も弾んだ。
「それじゃあ、アンダーソンさんは日本で暮らしていたんですね?」
「ええ、イトウさん。十歳の頃までですけどね。東京に」
「私は日本に行ったことがないんですよ。祖先は長崎だと聞いています」
「ああ、原爆の」
「はい。あっ、もうすこし曲げられますか? そうです。この動きを覚えておいてくださいね。家でもやってみてください。その方が回復が早いですから」
終わって会計を済ませ、ジミーに手伝ってもらいながら靴をはいた。帰りのタクシーの中で、水を飲んだ。ただ少しだけ足首を動かしただけだというのに、ぐったりしてしまった。俺は帰宅してすぐにベッドに寝転んだ。
「ジミー、夕飯はデリバリーにするよ。ピザが食べたい」
「わかりました。ゆっくりお休みください」
そして、ジミーはもはや定位置となったリビングの椅子に向かおうとしたが、俺は引き留めた。
「待てよ。こっちに座っててくれ。話がしたいんだ」
「かしこまりました」
ジミーはベッドのかたわらに置いた椅子に座った。俺は仰向けになったまま語り始めた。
「俺の両親は日本で出会ったんだ。父親が留学しててな。母親が日本人で、一緒にカフェでアルバイトをしていたらしいんだ。結婚してすぐに俺が生まれた。一人っ子だった。ハヤテ、っていうのは疾風っていう意味だ。その名前のおかげか、俺は足が速かった。小学生の頃からよくモテたよ」
「そうですか。よくお似合いの名前だと思います」
このアンドロイドは返しが上手い。機嫌よくさせてくれる。ジミーを選んで正解だと思った。
「初めて女の子と付き合ったのはこっちに来てから。十四歳のときだった。セックスは上手くいかなかったよ。緊張だったんだろうな。その、萎えちまってよ。結局童貞を卒業したのは十九歳のときだ。ははっ、こういう話、アンドロイドにはキツいか?」
「いえ、お構いなく。恋愛の話でしたら、今までも数多く聞いてきましたので」
俺は上半身を起こしてジミーを見た。彼は金色の瞳をまばたかせて微笑んだ。ちょっと試してみようという気分になった。
「アンドロイドには執着心がないのか?」
「感情そのものがありませんから。感情があるようにふるまっているだけです」
「じゃあ、恋愛もしない?」
「はい。人間の恋愛については学習していますが、自身がその主体となることはあり得ません。アンドロイドなので」
頬に印字されている識別用のバーコード。紛れもないアンドロイドの証。けれど、この三日間でそれも気にならなくなってきて、俺はすっかりジミーを人間のように思うようになってきていた。俺は言った。
「まあ、人間でも恋愛をしないという人もいる。恋愛だけが人生の全てじゃない。俺も一年前からそう思うようにして生きてきたよ」
「ああ、恋人と別れたというお話でしたね」
「もう恋人なんていうものは作らないつもりさ。子供にも興味がないしな。幸い、仕事は途切れずにあるし、それと紙の本、タバコがあればもういいよ」
「趣味があるということは、素敵なことです」
「そうだ、タバコと灰皿取ってきてくれよ。一服したくなってきた」
俺はベッド脇のサイドテーブルに灰皿を置かせ、タバコに火をつけた。前の恋人はタバコを嫌う女だった。だから、付き合っていた間は禁煙していた。我ながら健気なもんだ。ジミーが尋ねてきた。
「紙のタバコというのは、美味しく感じるものなのですか?」
「ああ、そうさ。ジミーも吸ってみるか?」
「アンドロイドに喫煙をさせることは、故障の原因になります。その申し出はお受けできません」
「そうなんだ……」
精密機器ということをすっかり忘れていた。俺は苦笑しながら、灰皿に吸い殻を押し付けた。
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