君はリースのアンドロイド

惣山沙樹

01 アンドロイドのジミー

 足首を骨折した。右三果骨折というらしい。坂道を歩いていたら転んでしまって、ボキボキボキっと三か所折れたわけだ。俺が一人暮らしだと病院の人に言うと、アンドロイドのリースサービスを紹介された。こんな足じゃ洗濯物ひとつ干せない。俺はすぐさまそれに申し込んだ。

 情が移るといけないから、男性型のアンドロイドにした。金髪で瞳の色も金色。頬には識別用のバーコードがついている。そして、よく喋ってくれるタイプの奴。顔立ちはやや幼く、二十五歳の俺より年下に思えた。弟分ができたと思って扱えばいいだろう。


「はじめまして、ハヤテ・アンダーソンさん。介助用アンドロイドのジミーです。短い間ですが、精一杯お世話を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

「それではまず、僕の充電プラグをセットさせて頂きますね。夜間はそこで充電します。手頃なコンセントの位置を教えて頂いても?」

「そうだな……ダイニングテーブルの近くがいいか。こっち」

「はい、承知しました、アンダーソンさん」

「ハヤテでいいよ、ジミー」

「わかりました、ハヤテ」


 ジミーはボストンバッグを抱えていた。その中から充電プラグを取り出し、接続テストをした。アンドロイドが家に来るのは初めてだ。首の後ろに差し込むらしい。俺はその様子を松葉杖をついて眺めていた。


「はい、問題ありません。早速ですが、何かすることはありますか?」

「洗濯物。入院中にためちまってよ。下着もないし、まずはそこから」

「かしこまりました」


 俺の部屋はリビングの他にもう一室あり、そこを寝室にしていた。ジミーがリビングで洗濯物を干している間、俺はベッドで紙の本を読んでいた。大昔に流行った日本のSF小説だ。自由に歩けないのは辛いが、まだ足で良かったと俺は思っていた。手ならこうして趣味を満喫することも叶わない。

 ジミーが寝室のドアをノックした。俺が身を起こして返事をすると、にこやかに入ってきて言った。


「終わりました、ハヤテ」

「ありがとう。まあ、なんだ。ちょっと話でもするか。リビングの椅子、こっちに持って来いよ」

「はい」


 ちょこんと椅子に座ったジミーは、キラキラと瞳を輝かせて俺の顔を見た。アンドロイドの顔はどれも端正にできているものだが、違和感をなくすためか、左右非対称になっているという。ジミーもそうだった。左右の目の位置が少しずれていた。よく見ると、右目の下には泣きボクロがあった。


「ジミーは製造されてからどれくらい経つんだ?」

「三年です。これまで数多くの方々の介助を担当してきました。守秘義務違反にならない程度でしたら、お話もできますよ」

「そうか。まあ、後でゆっくり聞くよ。俺はフリーのデザイナーをやってるんだ。仕事はリビングにあるパソコンでしている。足が折れててもなんとかなる職業だから良かったな」

「お仕事のお手伝いは僕には出来ませんが、家事ならお任せください。リハビリの付き添いもできますよ」

「そりゃ助かる。医者によると、長くかかるらしいからな。まったく、下手なことしちまったよ」


 それからジミーは、ベッドのわきに置いた本を見たのか言った。


「紙ですか? 珍しいですね」

「ああ、趣味なんだ。電子と違って高くつくけど、味わいが違う。紙の匂いも最高だ。ちなみにタバコも紙だぞ」

「本当に珍しい。今までお伺いしたお宅で、そんな方はいらっしゃいませんでした」

「だろうな。仲間内でも変わり者扱いされてるよ。まあ、他に趣味がないから。ジミーも紙の本、持ってみるか?」

「それでは……」


 俺は本を渡した。ジミーは白く長い指でページをめくった。


「あまり、効率的ではないですね。暗いところでは読めませんし、破損する恐れもあります」

「ははっ、やっぱりアンドロイドにはわからないか」


 ジミーは本を返してきた。もうすぐお昼だ。腹が減った俺は、デリバリーで中華を頼むことにした。最近では、こういう宅配の仕事もアンドロイドがする。二十分ほどして、俺の住むアパートの扉のところに置かれたと連絡がきた。ジミーが取りに行ってくれた。


「ふう、やっぱりここのヌードルは美味いや」


 リビングで、ずるずるとヌードルをすすっている間、ジミーは俺の向かい側の席に座って待っていた。相手はアンドロイドとはいえ、誰かと食事をするのは久しぶりだった。俺もお喋りになった。


「俺、一年前までは恋人がいたんだよ。彼女によく料理を作ってもらっていた。やっぱり結婚を考えられないから、って振られたんだよな。まあ、俺も結婚願望は薄いし、一人で生きていくのも悪くないとは思ってる」

「僕が派遣されたのは、大抵一人暮らしの方のお宅でした。今は僕のようなアンドロイドが普及していますし、老後も不便はないでしょうね」


 ゴミの片付けもジミーがやってくれた。俺はたまっていた仕事を消化するため、パソコンに向かった。ジミーは身じろぎもせず、黙って椅子に座っていた。俺はたまにタバコを吸い、ジミーの方を振り返った。すると、何か御用ですかとでも言いたげに、彼は微笑を返すのだった。

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