第8話 熱帯密林領域『グンマ』

「ところで茜ちゃんさー、ウチこんな感じの態度のままで大丈夫~?」


「と言うと?」


「ほらぁ。精神年齢は同い年だけど、戸籍上は茜ちゃん年上だしぃ? 敬語にした方が良いかな~って」


「ううん、これまで通りが良いな。そっちの方が私も嬉しいし」


 じゃあ平常運転〜、と莉子は陽気に肩を組む。


「ところで、莉子ちゃん……私達いつ国外に出たっけ?」


「バキバキ国内だよ? パスポートとか持ってないし」


「じゃあなんで熱帯雨林をクルーズしてるの?」


 木も花も聞こえてくる鳥の鳴き声も、全てが密林。異国のジャングル。遠くでは火山が絶賛噴火中だ。

 エキゾチックな景色は明らかに日本の生態系を逸脱している。


 二人はアマゾンのような奥地の河をボートで進んでいた。


「さっき沖ノ鳥島から本州帰ってきたばっかりだよね?」


 ここは日本だ。しかし――


「だってここ、群馬だもん」



 ――熱帯密林領域『グンマ』。


 政府が人工的に作り出した自然環境地域。

 深い森林に燃え滾る火山。植物、木材、野生動物は群馬の生産業を支え、ジャングル自体も観光資源である。


 だが現在は県の七割が一般人の立ち入り禁止だ。


「悪しきネット文化がここまで来たか……」


 巨大な食虫植物、水面から覗くワニの目、明らかに実験で生まれたブラキオサウルス似の生物。


 ジャングルの全方位、茜が生で見たことも無い生命で溢れていた。


「絶対隠れてダメな実験してるよね。今も頭六つぐらい付いてる鹿が通り過ぎたし」


「分かるゥ〜。生命として終わってるよねぇ」


「記憶ないけど、こんなとこから私脱走出来たの? 果ての秘境みたいなここから?」


「まーグンマは秘境っぽいよねぇ……けど流石に原住民は無理がない〜?」



 莉子が視線を向けた先。茂みから先住民族風のゲリラ兵が飛び出す。


「びジネすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「ばいと、ばいとォォォォォォォォォォォォォォ!」

「ふくシマ、ふくシマ、ジモとぉぉ……」

「じキューあゲてぇぇぇぇぇぇェェェェェェェェェェェェェェェェ」


 もれなく全員ゾンビ化して。


「観光ビジネスかぁ! ちなみに雇い主は〜?」


「「「ナにゴれズきナニコレスキィィィィィィィィ!!!!」」」


「まーたアイツ安い時給で雇ってるぅアッハハ」


「言ってる場合じゃないよ! 理性残っちゃってるしゾンビ狩りダメじゃんッ!」


「茜ちゃんも慣れてきたねぇゾンビ社会倫理」


 足元のロケランを構えようとした寸前。


 莉子の前にセーラー服の女子高生が割り込んだ。


「地元とあらばお任せを!」


 黒髪清楚ガールがライフルを連射する。

 ゾンビの肩に、腰に、関節に直弾。最小限の弾数でゲリラ観光ゾンビを牽制した。


 委員長風の生真面目さを感じる所作で、彼女は銃を背に仕舞う。


「火力支援ありがとぉー! 撃ってくれたそこのお嬢さんは~?」


「北関東代表推薦生の獅子村です。お久しぶりですね佐喰さん」


「あ、真琴ちゃんだったかぁ! 背ぇ伸びたね〜」


「毎朝ストレッチで脊髄引き伸ばしてます。ここは私達に」


 付近から更に三人、武装したゾンビ推薦生が出撃した。


 ヘルメットや防弾チョッキの重装備だが、動きは軽やか。射撃から無力化までの動きに無駄がない。


 その統率の取れた陣形と規則的なガンアクションが、彼女達の日頃の鍛錬を物語っていた。


(うん、やっぱり莉子ちゃんがおかしいだけだった)


 そして相対的に、嬉々として奔放にゾンビを狩る莉子の異常性が解像度を増す。


 戦闘開始からほどなく、ゾンビ兵は地に伏せられた。


「にしても推薦生減ったねぇ。栃木の子は?」


「辞退しました。佐喰さんがスカイツリーから落ちた所を見てトラウマになったとか」


「あの時は真琴ちゃんありがとねー! ぶっ飛ばしたゾンビ追っかけたら命綱忘れちゃって〜」


「ヘリに乗り込んで来た時は驚きましたよ。命綱なしダイビングも、発砲で軌道変えて空中移動してたことも」


 戦友同士の会話に茜は戦慄する。


「り、莉子ちゃんスカイツリーから落ちたの……?」


「流石にツリーの途中からだけどね。反政府教団と元暴の連合? がゾンビテロやった時、臨時で駆り出されてさー」


「無事なの逆に怖いし、サラっと国内テロと学徒出陣起きてて目まい」



 最中、地響きと咆哮がジャングルに轟いた。


「佐喰さん、生態系エネミー出現。クラス『ビースト』ですッ!」


「ッ、とー……どしよ」


「撤収! ここは佐喰さんに任せましょう!」


 安全確認を第一に、獅子村は仲間の推薦生を率いて一時距離を取る。


 彼女達はボートでしばし離脱し、その場に残された二人のみ。


「莉子ちゃん」


「分かってる説明ね~」


 土が揺れるほどの足音が迫る。


「オハピッピ応用した『オホ肥』って肥料があってね」


「ひっどい名前」


「この肥料は植物の成長がちょー早くなって、一週間でニンジンもジャガイモも収穫できる劇薬なんだぁ」


 目の前の植物が激しく揺れ、獣臭も漂い始める。


「食料自給率まかなうために、特区としてグンマは動植物に『オホ肥』を使ったの。」


植物? オハピッピ以上にヤバい薬を動物に!?」


「そーなの。食物連鎖が加速してこんなジャングルなっちゃうし、野生動物も増えちゃってさー」


「危険な新種の創造って大罪じゃなかった?」


 獣は木々を薙ぎ倒しながら、彼女達の前に現れる。


 それは立ち上がった高さ、実に四メートルを超えるハイイログマであった。


「けど熊は聞いてないなぁ〜」


「グリズリー出たらダメでしょ、環境改造」


 サイズも異常。筋肉はドーピング並のムキムキ具合。オマケによだれを垂らして恍惚の表情。明らかに遺伝子改造種だ。


「真琴ちゃーんー! 余裕できたら専用弾と麻酔グレネード持ってきて!」


「ちょうど切らしてまーす!」


「アッハハそっかー。万事バケーション」


「りりり、莉子ちゃん倒せる!?」


「うーん。ちょっと、ダメかも……武器で殺すと苦情の電話来るから」


「どうでも良いでしょ!? 命最優先、ゾンビ推薦の特権使いどころ!」


「ゾンビ殺しは良いけど、熊はちょっと団体がぁ」


 世間の批判を考えながらも、莉子は妙案を思いついた。


「……麻酔ゾンビ薬でいっか」


 決断から一秒。バッグから取った注射器はクマの首に突き刺さった。


 ※


「はい取ったぁー!!」


「もうさ、人類って呼べないよ」


 熊の頭は首の皮一枚で繋がっていた。文字通り。


 伸びた熊は絨毯のように薄っぺらい。莉子は頭を鷲掴み、その巨体を片手で持ち上げていた。


「頭そのまんまで、体だけ毛皮剥いで被ろっか。これならウチ部族っぽいし、熊も後から再生できるから〜」


「セレブのドレスみたいだよ。そっちの方がよっぽどビジュ悪趣味だよ」


 熊の皮と千切れかけの肉を莉子は引きづる。

 船酔いもあって茜はゲッソリしていた。

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