第7話 父を訪ねて最南端

 珊瑚礁の広がる海、ジャンプするイルカ、ウミネコの鳴き声と波のざわめき。


 そんな海上を爆風で荒らし、軍用ヘリが飛び進んだ。


「フゥ〜今日は飛ばすねー! 茜ちゃん、ヘリで酔ったりする?」


「ううん、大丈夫」


「……まだ、ゾンビ化してたことショックかな。それとも記憶戻ってないこと?」


「両方、かな。ごめんね、整理が追い付かなくて」


 茜の顔は曇ったままだ。


「今の時代じゃ普通かもだけど、やっぱりゾンビになったってことが……」


「世代の差かなぁ。ウチは生まれた時からこんな社会だから馴染めてるだけかもねぇ」


「これもジェネギャなの、かな?」


「ゾンビ推薦生なんて名目で、実態はゾンビ薬で人体改造させてる国家だもん。こっちが狂ってるだけでしょ」


「かい、ぞう?」


「ウチもゾンビ耐性ワクチンやゾンビ式強化剤ちょー入れてるし。ゾンビ推薦生って成分的には、ほぼゾンビと変わんないのー」


 彼女を傷つけてしまうかもしれない。そう思うより先に茜は疑問を口にした。


「リッコちゃんは、それで良いの……? 仮にもゾンビと同じって――」



「ゾンビでも人でも、心さえ無事なら同じじゃない?」



 莉子は何の躊躇もいなく即答した。


「赤ちゃんや動物ってゾンビより知性低いって話もあるけど、心がないわけじゃないでしょ?」


「そう、だね」


「『命の価値の揺らぎ~』なんて大人は難しく言ってるけど、結局は『心があるか』ってことが重要だと思う」


 ゾンビとの死闘に身を投じる中で莉子は学んでいった。引き金を引く瞬間、ナイフを刺す刹那、命を絶つ寸刻、彼女は考えてきた。


「心があるのはみーんな、人間だよ」


 その自問自答の果てに莉子は心から笑い、胸を張って茜の手を引いている。


「……その考え方、素敵だね」


「にっへへー。道徳の授業で赤点ギリ回避の実力だぜい」


「それは大問題では?」


「あと抵抗感薄いのは、出産するときお母さんもゾンビ化してたからかなぁ?」


「っ……!」


 ここまで異様に母親の話が出なかったことで茜は察する。


「もしかして莉子ちゃんのお母さんいないって言ってたのは……」


「あ、生きてるよ。ゴリゴリ元気」


「へ?」


「てかこのヘリ操縦してるのがお母さん」


「莉子の母の血華ちかですどうも~」


「おうぇ!?」


 ゴリゴリ生きていた。


 女性パイロットは操縦桿から離した片手をヒラヒラ振る。


「お父さんとはフツーに離婚しただけ。仕事も航空自衛隊で忙しかったから会えなかったの」


「最近まで苦しい生活させてごめんね~。おじいちゃん経由で養育費渡してたら、ソシャゲに全部課金しちゃってたみたいで」


「最近じーちゃんからは課金代はむしり取ったし、お母さんが悪いわけじゃないから気にしないで~」


(莉子ちゃんがクレイジーなの、生い立ちじゃなくて遺伝?)


 しれっとヘリを片手よそ見運転して談笑する母に、茜は佐喰の血を感じた。


「けど、家族仲は良さ――」



 最中、未解凍だった記憶の扉が叩かれる。


 ノートと参考書が散らばった床、殴り書きのメモが貼られた壁、転がる空のボールペン。飲みかけのペットボトル数本と教科書の山が学習机を覆う。


 監獄の鉄格子のように細い窓の隙間。そこから漏れる月の光。


 昼間の教室で感じる全てを遮るように、その部屋は閉ざされていた――



 浮かんだ景色が茜の思考を立ち止まらせる。


「な、に、今の――」


「茜ちゃーん生きてるー?」


「へ? あ、ごめんっ! ついボーっと……ところで、ここは何処なんだっけ?」



 衝撃のあまり茜は声すら出せなかった。


 軍事施設を構えた眼下の島と、莉子の顔を何度も往復して見るだけだ。


「……日本最南端の島、小さい岩と防波堤だけの記憶だったんだけど」


「十年前までね。今はこーんな感じ」


 停泊する軍艦。鳥のように群がる戦闘機。大砲を構えた鋼の砦。巡回する警備員ゾンビ。敷地は空港並に広い。

 無駄にコンビニと無料案内所まである。


「沖ノ鳥島決戦ってのがあってね。島にゾンビが湧いてたのを制圧したの」


「ゾンビ集まる広さあったことも、わざわざココに密集してたことも謎なんだけど」


ゾンビがいて、ゾンビの死体が放置されて、死体が土になって島大きくなったらしいよ〜」


「ぜっっっっっったい裏黒いやつ……」


「立花さんに聞いたら『詳しく知らないけど、ゾンビの死体は南の方角に運ばれてく』って言ってたしー」


「三店方式と同じ文句っ!!」


「今は要塞になって地下も整備されたから、ココにんだぁ


 のことを考えながら莉子は微笑む。

 同時に操縦席から小さい舌打ちが聞こえてきた。



 ※



 冷たい洞窟。水の滴る音が響く。


 護衛の自衛隊員を連れ、莉子は茜と地下道を進んだ。何重ものゲートをくぐり、鎖に繋がれたが待つ最深部に到着する。



「やっほ、お父さん!」


 全ての鎖は莉子の父、佐喰焦助しょうすけを拘束していた。



 娘の声に目を覚まし、父親はカッと目を開いて喜んだ。


「おお? 莉子じゃんか! 急にどうしたぁー、またゾンビ討伐のボランティアか?」


「も~ライン見てないでしょ。私、ゾンビ推薦生になったの!」


「そうだったのか! 流石俺の娘だなぁ。そしてすまん、デスコードしか普段使ってないからライン見てなかった」


 重罪人以上の拘束状態にも関わらず、父娘は和やかな会話を続ける。会話だけ聞けば食卓での団欒と変わらない。


「莉子ちゃん、なんでお父さんが捕まって――」


「今日はお父さんの封印を解きにきたの~」


「フ・ウ・イ・ン……?」


「どーも莉子の友だち! 封印対象のパパでぇーす!」


「ウチのお父さん、治験とか国の人体実験にお金目当て受け過ぎて、体とんでもないことなってるんだよねぇ」


 莉子の父はジャラジャラ鎖を鳴らしてダブルピースを掲げる。



「――オハピッピ最適合被験体。ゾンビ駆逐超生物兵器『サクライッピ』」


 ようやく茜は、彼がわざわざ沖ノ鳥島地下で幽閉されている理由を察する。


「偶然出来ちゃった兵器? みたいな存在だから監視と封印付きなんだぁ」


「へい、くちっ……は?」


「困ったもんだよぉ。仕事しなくて良い代わりに年のほとんど要塞収容だもん~」


「じじじ、人権的に良いんですか!? ゾンビでもないし、お父さん犯罪者でもないですよね?」


「まあ封印って言っても国内の軍事施設なら良いって感じだし、この措置は妥当だよぉ~」


 当たり前のように莉子は笑い飛ばす。


「だってお父さん、オハピッピ打つと最強クラスのゾンビになっちゃうから。制御効かない怪獣になるもん」



 佐喰家が日本の――いや、人類の味方であったことが不幸中の幸いである。

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