第9話 パパ、蹂躙しまーす!

「レッツばーばりあーん!」


 熊の毛皮をマントに羽織り、先住民の装飾を戦利品として付け、ボディペイントまで真似した莉子。蛮族の姫は森を進む。


 茜は拾った木の棒を杖に、彼女の後を歩く。


「茜ちゃん疲れちゃった?」


「はぁっ、ゲリラゾンビもだけど……通り魔的に殴ってくるカンガルーとか、ゾウと樹木のキメラなんていたら、こうなるって……」


「あれゾウの生首に寄生してる植物が本体だよ~。鼻の中も根と苔生えてたじゃん?」


「存在しちゃいけない類の生命だよ」


 ワイルドが過ぎるグンマの野生に茜のストレスは増していく。


 そこへここぞとばかりに追いゾンビ兵が枝とツタを渡ってやってくる。動きは完全にオランウータンだ。


「なんでグンマ、ゾンビこんなにいるの?」


「う~ん。一応ゾンビ実験も出来る地域でもあるけど、流石に異常だなぁ。ま、茜ちゃん監禁してたぐらいだし私兵運用してるんだと思うよー」


「ならなんでグンマに護衛もなしに来たの!?」


「だって奇襲作戦だもん。お父さんぶつけるまでは」


 茜を抱き寄せて、莉子は拳銃を全方位掃射。ゾンビを踊らせる。


「それにほら。こっちが暴れてる隙に来たよ。インパルス」


 雲を裂く戦闘機が広がった空に白線を引く。ミサイル代わりにを抱えて。


 スマホからは風の音で荒れた無線が入る。


『こちら佐喰のダディダディ、目標地点に到着。どうぞ』


「こちら佐喰のドータードーター。こっちは安全圏でぇすどうぞー」


 プツッと通信が途絶えると、インパルスから黒粒が一つ落とされる。


 森へ落ちていく小さな影に、娘は誇らしく告げる。


「やっちゃって、お父さん」



 生物兵器、佐喰焦助は投下されて


 オハピッピを投与された佐喰焦助はたちまち肥大化。肉は隆起し、膨張した質量は熱と衝撃波を生んで落下した。


 質量兵器はグンマにクレーターを作る。



『――ォォォォ!』


 ――実に108メートル。自由の女神も身長差でガチ恋する巨体が地に降り立った。


 山の巨人。ダイダラボッチを彷彿とさせる怪物は森を踏みつける。


『ブろゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』


 一踏みで森は揺れ、ゾンビは地面ごと打ち上がって叩きつけられる。周囲の生命も巻き添えを食らった。


 木々は倒れ、鳥は飛び立ち、火山は噴火を引き起こす。

 燃え盛る榛名山はるなさんを背に、巨人は雄叫びを上げた。


「お父さん今日は随分大きいねぇ」


「大怪獣運用のそれだよ、莉子ちゃんのお父さん……」


「ま、ゾンビ蹴散らしてくれるからさ。しばらく待ってよ~」


 莉子はバッグから二人分の弁当箱を出す。なぜか入ってた背骨も巻き込んで。


「はいっ、店長のカレー弁当ぉー。保温剤もばっちり」


「持たせてくれてたんだ! 嬉しい」


 食欲をそそる香辛料の香り。異国風の地に合う豊かなカレーがほかほかの状態で茜を迎える。


「いい匂い……って、蓋に何か付いてる?」


 表に貼られた付箋には手書き文字でメッセージが記されていた。


『アカネちゃん、ウチのカレーで元気出してネ! 甘口だから安心しておあがりヨ』


「店長さん優しい……! わざわざお手紙まで――」


『PS.リッコ、金払え。ガンジス川に沈めるゾ』


「こ、こっちは凄い殺意……!」


 愛情と殺意の同居してきた。


 二人はグンマを蹂躙する巨人をよそに、ランチタイムを取った。



 莉子の父は大地を叩き、樹木を振り回し、火山岩を投げ飛ばす。ゾンビどころか付近の生命が諸共吹き飛ぶほど。


 が、巨人の蹂躙はほどなくして終了する。怪物は眠そうな顔で急停止した。


「あーダメだ。お父さんそろそろ五分経っちゃう。活動限界だ」


「ヒーローやロボットものであるやつ!」


「お父さん力尽きるの早いんだって。お母さん言ってた」


「布団の上と戦闘時間同じなの?」


 そのタイミングで別の通信がスマホに入る。


『こちら立花。これより拡散型物量弾を投下する』


「はーい、お父さんにぶちまけちゃってー」


 輸送用ヘリが三機、巨人の頭上まで接近。


 ヘリから黒い粒が無数にバラバラと投下されていた。


「あれ、聞く必要多分ないけど」


「ゾンビだねぇ」


「もう隠さなくなっちゃったね。ゾンビ落としてるだけだね」


「敵のゾンビのお漏らし確認~。と、お父さん体力削り切んないと人間に戻んないんだぁ」


「巨体で暴れ回った意味! またゾンビ撒いてどうするの!?」


「ゾンビは工夫してるよ~。落下して十分ぐらい活動したら仮死状態に戻るように調合されてるって」


「残酷だよゾンビ爆弾」


 弾丸以下の価値でゾンビは大量消費される。


 巨体に乗ったゾンビ達は噛みつき、殴る蹴るを繰り返し、たまに踊る個体が別の意味で暴れ回った。



『――オオ』


 だが予想外にも巨人、再起動。


 群がったゾンビを叩き落とし、挙句には口から火を吐いて焼き払う。

 あっという間にゾンビを駆逐してしまった。


『ぉぉおおオオオグぉぉぉぉァァァァァァ!!!!』


 そして巨人は走り出す。


「あれ? あの、莉子ちゃんのお父さんがこっちに……」


「あちゃ~禁酒制限守ってなかったなぁ? 薬回り過ぎてる」


 すかさず莉子は新品のロケットランチャーを発射。高速でリロードして三発。


『うぅゥゥばアァァァぁぁぁぁ!!』


 だが父の爆進止まらず。彼女目掛けてタックルで突っ込んで来る。


「福岡ロケランもダメかぁ~。お父さんマムシのストロング割りでも飲んだ?」


 呆れる莉子とパニックになる茜。ヘリ部隊も焦るが巨人の速度が上回る。


「仕方ないなぁ。兵装しよっと」


 花屋に持たされた疑似肉腕が四つ、莉子の肩と腰に付けられる。


 阿修羅と化した少女は更に武装する。

 計六つの腕にアームキャノンを装着。多腕から伸びる筒が巨体を睨む。


「――レールガン、起動」


 瓶の薬を飲み干すと、莉子の皮膚に神経が浮き上がった。


 六つの腕付近は紫に変色し、ブクブクと肉が溢れる。

 沸き上がった肉はブラスターと癒着し、内部へ青白いスパークを注いだ。


「何してるのそれ!?」


「ゾンビ状態の皮膚にめっちゃ神経生やして、生体電流をチャージするの。そっから――射出ッ!!」


 瞬間再生が生む高圧電流。それが蒼白の光線になって六本、巨人へ伸びた。


『オッ、バっはぁぁぁぁぁ!!』


 ビームは巨体に初めて火傷を負わせた。


 怯んだ巨人は後ろに倒れる。が、巻き上げられた木々が彼女達へ飛んできた。


「はわわわ岩わわわわぁぁぁぁ」


「強制成長させるよ。増えてねッ」


 疑似肉腕を脱いで地面に突き刺す。その肉へ注射針を差し込んだ。


 疑似肉はまたもや膨張して肉の巨塊となる。


「……ひっはぁ、セーフ」


 文字通りの肉壁が莉子達を守った。飛来した土と木を押し返している。


「じゃ、お父さん引き取ってくるぅ~!」


「りっ、莉子ちゃん気を付けて――行っちゃった」


 ロケランを背負い、ナイフと愛銃を手に莉子は突進。飛び散る岩や肉片を弾いて進む。


「ほっ!」


 その重装備で彼女は跳躍。転倒した巨人父の脚へ飛び乗る。


『ァ、ぐウウう』


「まだ起きないでよねぇっ!」


 弾丸もナイフも無意味と、靴底から伝わる岩の感触が告げている。

 頑強な皮膚はバルカン砲さえ通さない。まさに山の体躯。


 ――だが人体である以上、内臓までは硬化出来ない。


「にっひひー。もう弟妹いらないし、良いよね~」


 迷いなく父の股間目掛け、少女は疾走中にロケットランチャーを放った。


『アおっ――あああァァぁぁぁぁ、がァァァッ!!??』


 激痛に山が飛び跳ねる。


 藻掻くことも許さない痛みが二個の臓器から父を襲った。巨人は腰だけを反射で浮かせる。


「開いたっ! 座薬いっくよぉー!!」


 躍動する大地を利用し、莉子はバックフリップを繰り出す。


 視線が巨大な臀部と一直線になった刹那、少女は手榴弾を投げた。


『バうッ……おっゴ――』


 鎮静弾が炸裂し、巨人の暴走は停止した。


「はーいお父さんおやすみ」


 縮み始める父を見下ろす莉子。そこへ茜とヘリ部隊の面々が集まってきた。


「莉子ちゃーん! ああ、無事で良かった……」


「親父さん、なんつー面で気絶してやがんだ。鼻の下伸ばしてよ」


「娘ってより、女の子にぶっ飛ばされて喜んでるのかも。最近お店も行けてなかったし」


「「キッツ」」


 無茶苦茶な騒動だったが、一同はホッと胸を撫でおろす。


 だが茜だけは、そこへ別の感情が生まれていた。


(あれっ? なんで私、今スッキリしてるんだろ……)


 莉子の無事や巨人の暴走が終わったことにではない。もっと個人的な別のスッとした感覚が胸の中から突き抜けていた。



「すいませーん! その人がまたご迷惑を」


 ヘリを着陸させていた莉子の母が遅れてやって来る。


「皆さんはどうぞお先に。この人は私が運びますので」


「はーい! お母さんまたね~!」


「気を付けて~。そしてオラァァ!!」



 その後、莉子の母は怒りのままに、顔が判別できないレベルまで元旦那を蹴り続けた。

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