第15話 逃げるべきだと確信を得た
なるほどなるほど、なるほど、ね!
今時――俺の今時だ――護衛を若い女で固める権力者なんて流行らないぞ。くそっ、例えそれが映画でもだ。ジギスムントめ、厳格そうな外見をしてる癖に、意外と下半身先行型なのか。しかも『暴虐皇子』だ。始末に負えないぜ。
あいつの言っていた「役得」ってのがこれか? 確かに、男としては羨まれるべき立場なのかもしれないが……、露骨すぎる。趣味が悪い。
えー、これまでの経緯を踏まえた上での結論だが――、
まぁ、結論なんて出せないぜ。
「結構、俺は考えをまとめる。席を外してくれ。ついでに、可哀想なそこの三人を連れ出してくれ。俺は、いや余は、気絶した女を見て喜ぶ趣味はないのだ」
オルスラは踵を勢いよく合わせて敬礼した。相変わらず無表情だった。変わった女の子だな、そう思った。俺は変わってない女の子のことも知らないけれど、こういう人間を変人と呼ぶのだろうか。
オルスラは部下三人をまとめて引きずって出ていく。扉が閉まった。俺は、二〇〇〇年前の昨夜に眠った時ぶりに、一人になった。
「状況を整理しよう……」
ともかく、俺の命を救ったジギスムント殿下様は帝位継承戦争とやらの真っ最中らしい。二〇〇人以上いる兄弟姉妹から狙われているし、部下からは恐れられているらしい。そして、俺がジギスムント殿下様だ。
うんうん、よくわかりました。
疑問が大分減ったぜ。
それを喜ぼうじゃないか。
「って、喜べるか!! ただ気楽に過ごすだけの簡単なお仕事!? 役得がある!? 楽しんでくれ!? 相棒!!??」
怒りをもって絶叫する。絶対に次あったら殴ってやる!
いや! 殴って倒れた後にその上で無限に飛び跳ねてやる!!
「何が簡単な仕事だ! 話が違うじゃねぇか!! 初日で殺されかけたぞ!! しかもなんだてめぇ! 『暴虐皇子』ってなんだよ! 護衛にも恐れられているって何したんだよ!! ジギスムントのクソ野郎がぁぁああ!!!」
「殿下! 何事ですか!!」
バン! と扉が開きオルスラが部屋に飛び込んでくる。
「何でもない。下がれ」
俺は静かに返事をする。演技失敗イコール死だからね。
「はっ、殿下」
オルスラは大人しく退室した。
くそぉ。おちおちキレることもできない。冷静冷静冷静。俺は死の病に侵されながらも、冷静を保っていたじゃないか。そう、クールに行こう。もっと落ち着こう。ベッド脇の机に置かれた水差しから直接水を飲もうとして――、
ふと、床に落ちている小さな円筒が目に入る。
見覚えがあった。そういえば、
「状況が飲み込めたらこれを見ろ。貴様の助けになる筈だ」
あの真っ白な病室でジギスムントがそう言いながら、俺のポケットにそれを押し込んだことを思い出した。あの時の俺は取り乱していたから、どのタイミングで押し込まれたのかは覚えていないが、まぁともかく、思い出した。
叫びながら暴れているうちにポケットから落ちてしまったらしい。
ジギスムントの口ぶりから察するになんらかの記録媒体だろうが……、
あの糞野郎の準備したものだ。まったく信用できない。
しかし、だ。他に今できることもないし、この情報不足の状況を脱したい。オルスラは随分お喋りで、大分説明してくれたことも確かだったが、まだまだ疑問が残っていることは厳然たる事実だぜ。例えば――、
二〇〇〇年の間に何が起きたのか、とか。
転がっている小さな円筒を手に取る。これこそが、説明不足を解消してくれるのかもしれない。もちろん状況は飲み込めていないが、ここらで便利アイテムに頼ってもいいだろう。
ふむ。ためつすがめつ。
鉛筆より若干太いが、鉛筆より若干短い。
ボタンは……、ないな。
捻って開いたりも……。しない。
タッチしまくれば反応が……、ない。
なにか専用の再生機器がこの部屋に……、ない。
ふむ、ふむふむ。
「どうやって再生するんだよ!!」
俺は再びぶちギレ、円筒をぶん投げた。
■□■□■
まぁ、なんと言うべきか。結局、円筒に詰まった情報を再生することはできた。ぶん投げたそれが壁に跳ね返ってきて、俺の頭にぶつかった直後のこと。
映像が一気に流れ込んで来た。
その瞬間、俺は納得した。SF世界ならこういうこともあるんだろう、と。
そう言えば、俺の身体はジギスムントに弄られているのだった。頭に何らかの機械が埋め込まれていても不思議はない。脳のセキュリティが心配になった。脳のグレードアップといえば公安9課だが、あの作品ではだいたい脳やら記憶やらがおかしくなる。ああ、俺は清掃業者じゃないし、妻も娘もいないぜ。
で、字義どおり脳内再生された映像の内容は――、
統計資料の数字を間違えた官僚を殴りつけるジギスムント。
「俺が判断を誤ったらどうするつもりだった? 自害してくれるのか?」
密輸業者殲滅に失敗した軍警長官の右腕を切り落とすジギスムント。
「しばらくそのまま過ごせ。一本減った分、血が脳にめぐるだろう。無能が」
合同演習で大敗北を喫した配下の将官達の手を重ね、刀で貫くジギスムント。
「血を流しながらであれば少しは本気で考えてくれると思う。さあ、今日からどうやって我が軍を立て直す?」
有力者達とのパーティで酔っぱらい、財界の重鎮を殴り回すジギスムント。
「帝国の寄生虫どもめ! 少しは皇帝陛下に感謝したらどうだ!! 貴様らの知恵を脱税以外に使え!! ははは!!!」
以上、映像終わり。
「勘弁してくれ……」
俺は思わず呟いた。
あの糞野郎。こんなものを見せられて、何の役に立たせればいいんだよ。それに、血が流れすぎじゃないか? 全部で血が舞ってないか? 怒りの感情というよりはドン引きというやつだ。
くそっ、そういう奴だったのかお前は。
ああ、ジギスムント。お前はマジの『暴虐皇子』だ。親衛隊の皆さんですら気絶するわけだ。ジギスムント皇子の振る舞い方は完全に理解した。ともかく乱暴であればいいと、そう伝えたかったのかよ。
俺は深く深く嘆息する。殺されそうになるのも当然だ。頑張れ糞野郎の兄弟姉妹達よ。ジギスムントが有力者じゃなくても、絶対に殺しておくべきだ。奴は今、影武者にすべてを押し付けて、どこかで何かをしているぜ……。
「ふう……」
ともかく、これまでに得た情報をもとに分析しよう。二〇〇〇年の時を越えて厄介極まりない銀河帝国皇子たるジギスムントになってしまった俺が、何をするべきかを。
強大な権力を持っているらしい兄弟達二〇〇人超から身柄を狙われる身の俺は――、
この時代のことも知らないし、おまけに俺の時代のこともよく知らない俺は――、
いきなり身体が動くようになって、自分が何をしたいのかもわからない俺は――、
答えは簡単だ。
俺は立ち上がって吠える。
「逃げるしかない!!」
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