第16話 遺産兵器についての理解は深まらない

 決心したならば、行動あるのみ。

 早速この部屋から脱出だぜ。


 行動、良い響きだ。行くも動くも出来なかった俺にとり、この上なく素晴らしく思える言葉だ。逃げ出すという行為が孕んでいる緊張感よりも、うきうきした何かを感じながら窓を開けた。見下ろすと地面が遠い。そう、俺はこれからここを降りるのだ。


 もちろん飛び降りるわけではない。よじ降りる。着込んだ外套をたなびかせながら、建物の突起とか配管とか窓枠とかを伝って降りる。もちろん、通りに面した方ではなく路地側だ。


 窓枠から身を乗り出し、都合の良い壁の突起に足をかける。

 ギリギリ届く距離の雨水管に右手を伸ばす。掴んだ勢いで窓枠から離れる。雨水管に体重が掛かってもげそうだったので、素早く身体を隣の窓枠まで寄せる。そちら側の方が足場になりそうな煉瓦の凹凸が多いように思えたのだった。俺は、壁に存在するあらゆる要素を利用して徐々に地面に向かう。


 さて、ここで懺悔をひとつ。

 もちろん逃げ出すことについてではない。ボルダリングに対して懺悔するのだ。よじ登るのかよじ降りるのかという違いはあるかもしれないが、やっていることは同じだろう。


 壁を登ることの何が楽しいんだろう。わざわざ障害を用意して自分の身体を虐める意味がわからない。健康維持なら散歩でいいじゃないか。俺には散歩もできないさ。よろしゅうございますね。と、思っていたぜ。


 だが懺悔あるのみだ。これ程楽しいことは他にはない。効率の良いルートを考え、そのルートを実現するために全身の筋肉と神経が躍動する。本当に飛び移れるのかと思えるような場所に跳躍し、十分な圧力と考え抜いた体重移動で地面に叩きつけられるのを回避。そんな困難が何度も訪れる。俺はその度に困難を乗り越える。


 なんて楽しいんだ!!

 うへへ、今日から俺の趣味はボルダリングだぜ。


 遂に着地、両手を天へ伸ばす。拍手喝采が聞こえる気がする。ヤバすぎ。

 生を感じる! 最高だ!


「ふぅ……」


 まぁ、いい加減落ち着くか。

 空想上の万雷の拍手を浴びるのはここらで止めだ。


 親衛隊の皆さんが俺の不在に気付くまで、それほどの猶予はない筈。今考えると、三人も失神させたのはファインプレーだったかもしれない。ジギスムントとその御威光に感謝だ。まぁ、ジギスムントが『暴虐皇子』じゃなかったら逃げ出す必要もなかったけどな……。


 目立たないように、静かに逃げ出すことにしよう。外套のフードを深く被って歩き出す。皇子の持ち物としては程よく古び過ぎているが、街に溶け込むには丁度いい。いやはや、しかし――、


「外套、ねぇ……」


 思わず口にしてしまった。さて、窓を開ける前に着込んだ外套、実は外套ではないのだ。いや、間違いなく今この現在、外套であることは確かなのだが――、


 この外套、遺産兵器レガシーなのである。

 そう、遺産兵器。何度か聞いた単語だ。


 それは説明不要の常識である。

 子供でも痴呆症の老人でも知っているくらいの存在だ。遺産兵器は強大な力を持ち、この世界に極少数しか存在しない。遺産兵器を多く持つ者は世界を支配できる。遺産兵器をもっとも多く所持していたからこそ、レイル家は宇宙を踏破し、銀河帝国を打ち立てた。


 もちろん俺の常識ではない。この時代の常識だ。俺が何故知っているかと言えば、円筒媒体でジギスムントの暴虐っぷりを脳内再生されたのと同時に、この情報が流れ込んできたからだたった。


 ともかく――、


 遺産兵器は、西暦四〇〇〇年の科学水準を超える超戦力である。総督府の発着場で見た光線銃や、オルスラが纏った水銀甲冑。それらが遺産兵器に当たる。もっとも、遺産兵器にも等級グレードがあるようだ。


 光線銃が四級で、水銀甲冑が一級。襲撃者たちが沢山の衛兵を十数人で粉砕してのけたのは、たった数丁の遺産兵器のおかげだった。オルスラがその襲撃者達をたった一分で殺戮できたのは、彼女が希少な一級遺産兵器の使い手だからだった。


 と、言うことらしい。


 まぁ、宇宙戦艦や振動刀に代表される西暦四〇〇〇年の兵器と、遺産兵器の違いは全然わからないんだけどな。どっちも十分すごいと思える。


 俺が乗ってきたあの宇宙戦艦は遺産兵器じゃないのかよ。振動刀は違うのか? あのエイめいた回収挺は違うのか? 空に浮かぶ映像はなんだ? 


 高度に発達した科学は魔法と区別がつかない。と、ハインラインとかアシモフとかの昔の人――西暦四〇〇〇年からだと相当昔になるな――は言ったらしいが、俺にはすべて魔法に思える。何せ俺、庶民で野蛮人だから。まぁ、オルスラの水銀甲冑は大分凄かったような気がするけれど……。


 ともかく、認識票や勲章の形をしている起動鍵キーに触れて、脳内で「起動」と念じることで機能を発揮するのが遺産兵器の特徴らしい。脳細胞が発した信号で動きだすようだ。


 今纏っている外套も、遺産兵器に該当する。

 部屋を抜け出す前のことだ。頭に流れ込んできた情報を元に、星型の勲章に恐る恐る触れて「起動」と呟いた。その勲章が微かに光った。直後、外套を纏っていた。わかっていることはそれだけだ。


 一瞬で外套に袖を通せるのは確かに便利かもしれないけれど、これまで見てきたSF的あれこれと比べて地味過ぎる。は? これが遺産兵器? 二十一世紀でも頑張れば実現できそうな気がする。わけがわからん。


「ジギスムントの糞野郎が」


 諸悪の元凶に悪態をつきながらつけ加えると――、

 超常的戦力を持ったり持たなかったりするらしい超兵器の頭に、「遺産」という違和感がある単語がつく理由についての解説は、あの円筒形の記録媒体には保存されていなかった。


 もどこまでも説明不足だな、ジギスムントめ。

 死んでしまえ。

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