第13話 死罪は覚悟しておりますが

「皇帝陛下にあらせられましては、齢百四十を超えてなお壮健そのものでございましたが……」


 は? 百四十歳?

 おかしくないかと思ったけれど、疑問を挟む隙はまったくなかった。金髪碧眼の美少女護衛隊長オルスラはよどみなく説明を続ける。


「殿下もご承知のとおり、一昨年に倒れられて以降病状は悪化する一方。今ではご意識を取り戻されるのは三日に一度でございます。


 自然、帝位継承に向けた争いが活発化しております。は、自然であります。は! もちろん小官は「自然」の前提と背景から説明するつもりでありました! 「自然」という言葉は人類の営みの外にあるものすべてを指す概念でありまして、人類の発展とともにその範囲を狭め――、


 は、申し訳ありません。勿論殿下にあらせられましては、辞書の定義は当然ご承知のことと存じております。


 えー、銀河帝国皇帝陛下におかれましては、天の河銀河に散らばる二〇一八星系と一千億臣民を統治する超越者でございますれば、その権力は絶大でございます。野心を持つ帝属ならばその椅子に手を伸ばして当然。故に自然と申しました。


 ともかく、帝位継承戦争が始まっているのです。殿下もよくご承知のとおり、互いを蹴落とすべく熾烈な競争が水面下で行われているのです。競争ではなく、あえて戦争と申しましたのは――、


 実際に戦争が起きているからでございます。去年十二月、第二十七皇子殿下と第五十五皇女殿下が争った結果、星系一つが消滅しました。もちろんこの事実は帝国臣民には伏せられております。故に、水面下なのです。は、星系は星系であります。恒星ひとつと、人類居住惑星ふたつが消滅しました。


 それでは、この継承戦争におけるジギスムント殿下の立ち位置についてですが……。言葉を選ばず申し上げるならば、ダークホースでございます。


 は、ダークホースでございます。ダークホースの意味についても前提と背景からご説明差し上げたほうがよろしいでしょうか。は、大変失礼いたしました。


 殿下は、帝国中心部の四星系を封土として皇帝陛下より与えられております。帝位継承権を持つ皇子殿下皇女殿下が合わせて二〇〇名を超えることを思えば、封土の数が少ないことは否めませんが――、


 交通の結節点たる中央星系の中枢を抑えている影響力は、帝位継承権十位以内の皇子殿下、皇女殿下と比較しても何ら劣るものではございません。


 人類世界が、太陽系ソーラーシステムを含むオリオン腕領を中心に広がったという事実を思えば当然でございます。人口稠密地であるペルセウス腕領とサジタリウス腕領をつなぐ交通の要衝、すべての星間帝道ワープウェイの起り。それが中央星系なのです。


 それが何故ダークホースなんだ、でありますか……。

 しかし……、えー、なんと申しますか……。殿下は……。

 は、申し訳ございません。


 えー、恐れながら申し上げます。ジギスムント殿下は巨大な力を持つと同時に――、


『暴虐皇子』として帝国中枢から憎まれ恐れられておられます。


 すべては、殿下が貴賎関係なく強大な権力でもって貴賎関係なくひたすら暴力を振るうせいでございます。端的に申し上げるならば、流血沙汰は日常茶飯事でございます。


 故に、まともな神経を持つ者は誰もジギスムント殿下に寄り付きませぬ。お味方一切なし。ダークホースという評価も、ほとんどお世辞にございます。本来帝位継承の有力候補であってもおかしくない殿下は、自らの欠点によって自らの首を締めておいでなのです。自業自得でございます。


 は、失礼は承知ではありますが、忌憚なく意見しろとの仰せでしたので。


 いい性格をしている? は、小官の性格はよろしくあります。殿下の護衛隊長に任じられているからには、性格も最高でなくてはなりませぬ。は、皮肉? なんのことでしょうか。


 では、説明を続けさせて頂きます。


 つまり、ジギスムント殿下は数多おわす皇族の皆々様からお身柄を狙われるお立場にあらせられます。襲っても誰からも恨まれず、しかも巨大な利益を得ることが出来るのです。万が一お亡くなりになられたとして、困る者はごく僅か。


 殿下…? 殿下!! どうされたのですか!!?

 最近めまいが頻発? 本当に大丈夫でございましょうか。


 殿下がそう仰るならば。

 ともかく、殿下はその実力に反しご兄弟達から侮られているのです。


 重ねて無礼を申し上げますが、殿下は帝位継承戦争の有力者からは敵と見なされておりません。なにせ、『暴虐皇子』ですから。毎日周囲のものに暴力を振るう人間に帝国は統治できませぬ。それが道理というものです。


 故にこれまで直接的な介入は避けられてきたのです。

 それこそがまさに殿下の深謀遠慮なのですが……。


 さておき、今般の危機を作り出したヴィルヘルムはジギスムント殿下を付け狙っておりました。ですが、あの小物がまさかここまでの実力行使にでるとは。まったくの予想外でございました。


 あれほどの数の暗殺者を潜入させていたことから、小官の独断で殿下を星府から離れたセーフハウスに匿わせていただきました。もはや、親衛隊以外を信用すること能いません。


 は、観艦式に参加した艦隊は不可解にもL五ゲートにまで後退した後、無線封止を行っております。親衛隊では消極的裏切りと判断しております。最早信用出来る状況にはございませぬ。


 仰るとおりです、殿下。

 絶体絶命の窮地に追い込まれたのでございます。


 申し開きのしようもございません。この責任はすべて私にあります。死罪は覚悟しておりますが、部下の命だけは何卒お奪いになりませぬよう、何卒お願い申し上げます」

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