第12話 こんなコツ、掴みたくはなかったぜ
「酷い夢だった」
意識が覚醒した。俺はベッドに横たわっているらしい。
目を閉じたまま、今見たものを反芻する。うん、夢だ。明日をも知れぬ容態だった俺が、如何にして二〇〇〇年の時――マジかよ――を超えたかについて振り返る内容だった。夢で記憶の追体験をすることがあるらしいとは何かで読んだことがあるけれど――、
「ああ、くそっ」
夢だと思い込むことには失敗した。単なる回想だと自分でも理解している。何十もの人間が死ぬ光景なんて、夢でもなかなか見ないぜ。これが夢なら、俺は二度と夢を見なくていい。
目を開けると、焦茶の天井が目に入った。
何だこれ、木の天井か。SF世界で?
だが、間違いなく木造建築だった。しかも、部屋をざっと見渡す限り、機械製品の一つもなかった。違和感がある。日本の古民家にだって、テレビや冷蔵庫はあるだろう。未来感溢れる宇宙戦艦と、近世情緒を漂わせる総督府の次に見る光景としては斬新だが――、
窓の向こうには、通りを挟んで煉瓦が目立つ集合住宅らしきものが建ち並んでいる。俺が育ちそこねた国は煉瓦建築なんてそうそう存在しないが、それでも見覚えがあるように思えた。
「これが、銀河帝国市民の生活ってやつか……」
見覚えがあったのが何故かといえば、ついさっき見たからだ。宇宙戦艦の観覧台から見下ろしたし、空に浮かぶ映像にも映っていた。俺は今、見下ろしていた街並みの何処かにいるらしい。外壁が煉瓦でも中身は木なんだな。そういうものか? ちぐはぐな感じがする。
改めて思う。これが、西暦四〇〇〇年にまで至った人類の作り出した住居なのか、と。実に殺風景だ。第二次世界大戦を舞台にした映画で、こんな感じのマンションだかアパートだかを見た気がする。二等兵を探す映画では、フランスの街並みがこんなだった。
戦争映画では、フランス人の家は、ドイツ人とアメリカ人に吹き飛ばされると相場が決まっているのだ。戦争は悲惨だぜ。
話がそれた。ともかく、SFである筈のこの世界にはそぐわない部屋だった。宇宙戦艦で惑星に突入し、震動刀と光線が飛び交う戦闘に巻き込まれた後に目覚める部屋としては違和感があり過ぎる。
納得できない。説明が必要だ。未来と過去が入り混じっているということはつまり。つまり? はは、わかるわけがない。どうせ誰も説明してくれないなら、自分で納得してみようか。
えー。文明が一度滅んで、その後なんとか二十世紀前半レベルまで復興しました。ってところか? 二〇〇〇年って言えば、二〇〇〇年と言うことだしな。
「殿下? 先程から何を仰っているのですか?」
突如、横から気遣うような声がした。驚いて振り向く。そこには美少女がいる。
オルスラ・オルトギース大尉が、ベッドの直ぐ側に座っていた。
「おおっ……、おお……」
あまりの美少女っぷりに言葉を失ってしまい、失言を重ねることは避けられた。逆に気持ち悪い反応になってしまったかもしれないが、それについては考えないことにしよう。
目覚めてから周囲を確認したつもりでいたが、側にいすぎて気付かなかったらしい。いきなりベッド脇から声を掛けられるのは二度目だな。そういう星の下に生まれているのか?
「お加減が悪いのですか、殿下」
心配そうな顔が、オルスラの整った顔を余計に引き立てている。心の底からの表情に思えた。それがかえって恐ろしい。しかし、ジギスムントが肉親から襲撃を受けるような男であるという事実が判明した今、この恐ろしい美少女を頼るしかないことは間違いなかった。
俺は今や、ジギスムント・ザウエル・レイルとかいう銀河帝国の皇子になっていて、オルスラはその親衛隊長なのだから。
さて、ここまでの経緯を踏まえた上での俺の感想だが……。
「ふざけるな、だ」
何の役にも立たなかった回想に加え、不意に声をかけられたことに対する羞恥心も相まって、怒りが沸き立つ。
「殿下……?」
「ふざけるなと言ったんだ。何を仰っているのかだって? お加減が悪いかだって?」
堪えようもない感情が内心を駆け巡っている。
俺はな、明日こそ目覚めないかと思って眠りについたら、二〇〇〇年が経過していて、しかも殺されかけたんだぞ。しかも、説明役である筈のジギスムントはこう言った。『余と貴様とで、人類を救うのさ!!』、と。意味不明だ! お加減が悪くて当然だ!
「何故こうなっている! いいか、余は怒りを我慢しているんだ。納得の行く説明を期待するぞ! それくらいは構わないだろう!!」
「も、申し訳……」
「謝罪が聞きたいわけじゃない。説明が欲しいんだ」
八つ当たりだということは自覚していたが、俺は吠える。
だが、この美少女にもこの状況の責任の一端がある。親衛隊長なんだろう。一番悪いのは間違いなくジギスムントなんだろうが、彼女の仕事はジギスムントを守ることの筈だ。そして俺はジギスムントだ。だから彼女にも責任がある。その筈だ。
「なんだ、あのざまは。何人が――、」
死んだんだ?
くそっ。死を見るのは初めてだった。そんな経験をする前に、俺はこの世を去る筈だった。ジギスムントめ。何が簡単な仕事だ。ふざけやがって。死があんな無慈悲でどうしようもないものだとは。発着場の光景が脳裏をよぎり、吐き気がこみ上げる。
「うぷっ」
「殿下!」
「うるさい! 説明しろ!!」
「はっ!!」
オルスラは椅子を吹き飛ばす勢いで直立した。
皇族に対して自分の不始末を説明する羽目になった不憫な部下、そのものだ。俺はようやく、銀河帝国の皇子として振る舞うコツを掴んだらしい。こんなコツ、掴みたくはなかったぜ。
だが仕方がない。無理もない反応と言うべきだろう。強い言葉だって思わず出るさ。悲しみ以外の強い感情を初めて知ったのが今日だ。
「説明いたします」
「前提から丁寧に頼む」
「は、前提と仰いますと」
「背景からだ」
「は、背景と仰いますと」
「くどい!」
「は!」
不憫な彼女は形の良い唇を動かし、彼女以上に不憫な状況に陥っている俺に説明を始める。申し訳無さそうな顔すら、美少女だから様になって見えた。
「殿下襲撃の前提と背景から申し上げます。人類世界の守護者にして救世主たる皇帝陛下にあらせられましては――」
彼女は語りだす。皇帝陛下? つまり、ジギスムント(本物)の父親か? 丁寧に説明すると、皇帝陛下とやらに触れなきゃいけないのか? 長くなりそうだな。理解できるといいが……。
まあ、いいか。
この美少女は俺の部下らしいから、わからないことがあったら都度つっこんでやるぜ。
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