第11話 お陰で両親の死を悲しむ暇もない

「は? ちょっちょっちょっ!?」


 今日から余だ? 任せるだ?

 一体何の話をしているんだ。


「原始人で庶民の貴様には重たい仕事だとは思うが、やってもらう。いいか、カイパーベルトで漂う貴様の冷凍睡眠ポッドを見つけなかったら、永遠に冷たい体のままだったことを忘れるな。余は恩人なのだ。命の恩人」


「そ」


 んなことを言われても。そもそも俺が二〇〇〇年の時を超えて蘇った理屈が納得いっていない。二〇〇〇年? はい?


「ルールはひと……、いや、ふたつだ」


「マ」


 ジで待ってくれ。勝手にふたつに増やさないでくれ。何のルールかもわかっていないのに。


「ひとつ目、正体を隠せ。バレたら死ぬ。余にとっても貴様にとっても残念なことに、余には敵が多い。ふたつ目は、えー、思い出した。決して余を恨むな!! そうだ、これがいい! 余は命の恩人だからな。貴様の手と足が動き、目と耳が世界の情報を脳に届けているのはすべて余のお陰であるということを忘れるな」


 何も理解できないうちに、急に早口になったぞこいつ。しかも恩着せがましい


「あ、そうだ! 付け加えておくとだな……。ここだけの話だが役得もある。なにせ、十パーセク四方で余より権力を持つ人間は存在しない」


「……いい加減理解できる言葉を話してくれ」


 長々と語るジギスムントが呼吸する隙に、ようやく注文を挟むことが出来た。

 が、彼は無視して続ける。


「さて、今から……、そうだな。十五分後だろうな。親衛隊長のオルスラが迎えに来る。少々堅物だが、使える人間だ。ちなみに滅茶苦茶な美少女でもある。よかったな。で、貴様は偉そうに頷いているだけで大丈夫である。後は頼んだ、余よ」


「だから『余よ』ってのは何だよ。『貴様は今日から余だ』ってのは何なんだよ」


「俺は、いや余には色々やることがあるのだ。まぁ、一年くらいは頑張って欲しい。簡単な仕事だから安心したまえ。本当に簡単な仕事だから。ただ生きるだけのお気楽な仕事だから。貴様の時代の言葉を借りるなら、マジで簡単な仕事だ。『マジ』の使い方、間違っていないよな?」


 やけに『簡単』を強調するじゃん。


「マジで何をさせるつもりなんだよ」


「ハハッ! ハァッハ!! ハッハハハ!!!」


 ジギスムント、再びの高笑い。呵々大笑。なんだいこつ、コワ。何が面白いのかまったくわからない内に、彼はすたすたと歩き出す。フォンと高い音が鳴ったかと思うと、壁がいきなり消えた。廊下が向こうに現れる。おお、未来技術……。


 傍若無人を絵に書いたようなこの男は、笑いながらそのまま出ていこうとする。おい、どこにいく。説明ってこれだけか? 立ち上がったのって、もしかして退室するため?


「ちょ……」


「何をさせるつもりか、だと? 決まっている! 余と貴様とで、世界を救うのさ!! ハハッ! ハァッハ!! ハッハハハ!!! 楽しんでくれよ!! 相棒!!!」


 最後に指を弾いて、ジギスムントは高笑いを高鳴らせてそのまま廊下に姿を消す。数秒して、再びフォンという音とともに扉が消え白い壁に戻った。未来の出入り口は扉も蝶番も必要なく、スライド式でもないらしい。おい、俺は完全に置いてけぼりだ。まったくついていけない。


 何なんだ、これ。どうすんだ、これ。そう思いながら、顔の向きを正面に戻した。一面の白い壁だった筈のそこは、一面の鏡に変わっている。ジギスムントが指を鳴らす度に環境が変わっていたから、その類型のひとつということらしい。


 壁が窓になったり、重力がなくなったり、壁が扉になったりするのだから、鏡にもなるのだろう。驚きっぱなしの俺ではないんだぜ。うん、それでそれで? 鏡には何が映っているのかな?


 そこには当然、ベッドの上で、間抜けな態勢で浮かんでいる男が――、


「は?」


 間抜けな表情を浮かべている男は――、


「はぁ?」


 短い黒髪。顔は、イケメンと言うか美男子と言うか、どんな表情を浮かべていても様になる造形だった。人を従えるのが当然といった感じ。いかめしいデザインの黒い軍服がよく似合っている。


「はぁぁあああああ!!?!?!!?」

 

 つまり、ジギスムント・ザウエル・レイル殿下その人がそこにいた。


「ナニコレナニコレナニコレ!!! 顔! 俺の顔! あのジギ! 身体が!!!」


 喚き続けながらも、どこかに残っていたらしい俺の理性がこう言っていた。影武者ってやつか。余よ、という呼びかけの理由はこれか。そんな呼びかけがありえてたまるか。恨むなというふたつ目のルールを付け加えたのはこれが理由か。


 冷凍睡眠ポッドとやらから俺を引きずり出して、顔を、いや身体すらも自分自身に作り変えやがった。何のために? 


 ああ、『世界を救うのさ』とか言っていたな。そうか、世界を救うためならしょうがない。なにせ、世界を救うんだからね。死にかけの重病人を復活させて影武者にするくらい当然だよな。


 もう一度叫ぼう。


「はぁぁあああああ!!?!?!!?」


 慌てて空中をのたうち回り叫び続けている内に、俺の身体が青く発光し始めた。俺は更に叫んだ。ワケのわからない事態はもうこれ以上願い下げだったが、光が輝きを増し、視界が青一色に染まって――、




 ■□■□■




 そして気がついたら、まったく違う部屋の、まったく違うベッドの上に俺はいた。視界に入るものすべてが宝石で飾り立てられているか、凝った意匠の高級そうな木材で出来ていた。俺のイメージする、ルネサンス期の欧州王侯貴族の部屋そのものといった感じだった。


 また冷凍睡眠でもしたか?

 一瞬そう思った。景色が違いすぎたから。だが、違った。ベッドの右側にある窓の向こうには、漆黒の宇宙に浮かぶ微かな星々と、巨大な青い惑星の輝きがあった。先程、白い部屋で見た光景とまったく同じだった。


 今度こそ完全に理解が追いつかなかった。仮に二〇〇〇年の時を経て蘇ったことを飲み込むとしても、余りにも急展開だった。ワープ、したのか……? 流石はSF世界だぜ……。


 叫ぶのも忘れてぼんやりしていると、遠くにある豪奢で大きな扉が三回ノックされる。数秒経って、ゆっくりと右側の扉だけが開いた。


「おはようございます、殿下。そろそろお時間になります」


 黒い軍服を着た、金髪碧眼の美少女が入ってくる。『迎えが来る』とジギスムントが言ったことを思い出した。確か、親衛隊長のオルスラ。あいつの言ったとおり、滅茶苦茶な美形だった。親衛隊長が年の頃が近い美少女というのは違和感があったけれど、驚きという感情は既にすり減っていた。


「既にお着替えでしたか。それでは早速、参りましょう」


 彼女に従って狭い通路を十数分歩いた。そして観覧台にたどり着く。軍服やスーツを着込んだ沢山のお偉いさんらしき人々でいっぱいだった。人だかりの向こうの景色は、すべてが宇宙で満ちていた。


セント・バーナード、シャングリ=ラ、イストロスから母なる大地ソーラーシステムに渡る中央星域四星系大総督にして、ふたつの艦隊フリートおよびみっつの軍団コープスからなる第八軍集団を統べる宇宙軍大将。人類の庇護者たる銀河帝国、その第百八皇子、ジギスムント・ザウエル・レイル殿下の御成りである!!!」


 オルスラが入室して大声で言った。数十の大人たちは恭しく一礼して迎え入れる。俺は誘導されるがままに観覧台の一番前に立つ。しばらくして、景色が真っ赤に染まる。乗り込んでいる宇宙船が大気圏に突入したのだ。揺れは感じなかった。人工重力というやつかな、そう思った。


 都市が足元に出現するまでに大して時はかからなかった。街路は群衆で埋め尽くされている。俺が乗っている宇宙戦艦とその僚艦は綺麗な編隊を組んで、古風な建物で織りなされた大都市の空をゆっくりと泳いだ。


 それからの経緯はこれまで述べたとおりだ。

 

 唖然としている内に総督府にたどり着き、

 血みどろの戦闘に巻き込まれて、

 最終的には気を失った。


 以上、説明終わり。


 情報不足にも程があるし、感情の整理もまったく出来ていない。これ程酷い物語の始まりがあってたまるか。別の世界に連れてこられた人間は、最初にちゃんと説明してもらえるか、全くしてもらえないかのどちらかの筈だ。俺の創作物知識アーカイブではそうなっている。


 それがどうだ。説明の機会は設けられていたのに、まったく理解できなかった。こんな中途半端は聞いたことがない。余計に混乱が深まるだけだ。心の準備をする余裕はゼロだぜ


 お陰で両親の死を悲しむ暇もない。

 何かいいことがあるとすれば、それだけだろうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る