第10話 目覚めるまでの経緯は以上
気まずさを感じるほどの静寂がしばらく続いた後で――、
「ハハッ! ハァッハ!! ハッハハハ!!!」
ジギスムントは突如笑い出した。
呵々大笑、そういう言葉があったような。俺は無重力に身を任せてぷかぷかと浮かびながら思った。こいつ、暴力的なだけでなく頭がおかしいのか。急に怖くなってきた。何しろこの部屋には俺とジギスムントの二人きりだ。
「……冗談は口にしていないですが」
思わず丁寧語になってしまった。
「ハハ! 泣き叫んだりしないなどと言うからだ!! 泣いてもいるし、叫んでもいたではないか!!」
ジギスムントは笑いながらハンカチを取り出し、投げてよこした。今気づいたことだが、確かに俺の目からは涙が出ている。ありがたく使わせてもらった。とりあえず、再び睨むことにする。
「いや何。やはり上手くいくかもしれない、と思ったのさ。ハ! なかなか賛成してもらえないがね」
「何の話だよ」
「俺は、いや、余は銀河帝国の皇子である」
「さっき聞いた。未だに正気とは思えない。なんだよ銀河帝国って」
「それだ」
ジギスムントは嬉しそうに答えた。
どれだよ、と思った。
「広漠たる天の川銀河に散らばった人類すべてに奉仕する、史上もっとも偉大な政体が銀河帝国である。今人類が生存しこのように繁栄しているのは、我らレイル皇室が導いて来たからこそなのだ。わかるかね?」
何が『わかるかね?』だ。ともかく反感が勝つ。何を差し置いても反論あるのみだ。こいつは俺が泣く様を見て笑ったんだ。許せねぇぜ。
「お? 親自慢か? だが、俺の両親だって凄いぜ。父親は県庁の総務課長で、母親は銀行の経営企画室長だからな。いずれは総人口一二〇万の我が県を支配する男女なのさ。おまけにこの俺を育てる甲斐性もある」
「どこに引っかかっているのだ貴様……。まぁ、その反応が答えだ。ああちなみに、俺の父上たる皇帝陛下は帝国臣民一〇〇〇億を支配なさっている。親の偉大さで張り合うのはやめておけ」
ジギスムントはそう付け加えた。一〇〇〇億? 一二〇万の何倍だ? はぁ? でかい数字を口にすれば面白いとでも? ますます腹立たしい。
「はいはい、凄いですね」
「ふむ、実に好ましい反応だ」
好ましい? 何が?
「さて、時間もないことであるし、勘弁かつ明快に説明してやる。先ずは貴様がこの部屋にいる経緯について」
彼は指を弾いた。重力が戻ってきた。俺はベッドに叩きつけられる。
文句を言おうと視線を上げると、ジギスムントは居住まいを正している。もともと威厳で彩られている整った顔の迫力が増している。ついに、この状況の説明が得られるらしい。ならばよかろう。大人しく聞いてやるぜ。二〇〇〇年が経過しているってこと、まだ全然納得していないぜ。
威厳を感じさせる顔立ちのジギスムントは、威厳に満ちた声で語り始める。
「君の病はブキャナン=ササヤ病だ。次元性神経不全症候群の代表格だな。身体を維持するために発する脳からの信号が次元の狭間に消えてしまう、厄介な病だ。境界固定措置をせねばどうにもならないが――、まぁ、現代においては治療可能だ。ここまではいいな?」
もちろんいいワケがなかった。
「おいおい待て待て。俺に分かる言葉を発しろよ」
「貴様の時代の医術では治らないから、発明されたばかりの冷凍睡眠措置を貴様は受けた。二〇三〇年にな。それから大体二〇〇〇年が経って、いろいろあって宇宙空間に漂っていた貴様の冷凍ポッドを余が見つけ出し、現代の医療機械に押し込んだ。そして完治。めでたしめでたし、だ。君が目覚めるまでの経緯は以上」
なるほどなるほど。大変わかりやすい。
肩を大きく動かしてため息をつく。
「……あんたが何を言っているのかまったくわからないし、まだ説明不足だと思うな。今の話をすべて信じるとして、俺が今宇宙にいる理屈がわからない。銀河帝国とやらの皇子とやらが見舞いに来てくれる理屈は? お前の言葉を借りるなら、俺は庶民だ。どう伝を辿っても貴顕の知り合いはいないぜ」
「……良かろう。ここからが本題だ」
全然期待できないが……。
「銀河帝国の皇子たる俺が、いや余がわざわざ貴様の病を治し、こうして目覚めを待ってやっていた理由について語ろうではないか」
ジギスムントが勢いよく立ち上がる。単に立つだけで様になる男だな。颯爽そのものだ。風もないのにマントが靡いている。しかし、いきなりどうした? これまで俺を殴る以外はずっと座っていたのに。
「おほん」
しかと聞け、とでも言うようにジギスムントは咳払いをする。なるほど、よほどの重大事らしい。二〇〇〇年の間に何があったのか、ついに明らかになるというわけか。
俺の期待は――、
「貴様は今日から余だ。あとは任せる」
完全に裏切られた。
まったく意味がわからなかった。
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