第8話 歓喜と衝撃と2000年

 動く!! 見える!! 感じる!! すべてがリアルだ! 夢ではあり得ない!


 我を忘れて部屋中を走り回った。ジャンプした。踊り狂った。騒ぎ続けた。ちょっとみっともなかったかも知れないが、それだけの出来事だぜ、これは。


 俺は全身全霊ではしゃぎ、はしゃぎ続け、数秒か数分か数十分かは知らないが、ひたすら自らの肉体の復活を確認しまくった末に――、


「動く、動くぞ!! おい! 動くぜ!!! 信じられるか!! 俺の身体が!!」


 この奇跡唯一の同席者に語りかける。知らん男だし、偉そうだし、暴力的でもあるようだったが、そんなことはどうでも良かった。歓喜、歓喜だけが俺の体中を駆け巡っている。


「冷凍睡眠のかいがあったな。時間の経過と医術の進歩に感謝だ。人類も捨てたものではない、そう思える」


 ジギスムントは微笑んで答えた。そういやよくわからないことを言っていたが……、不思議ちゃんか? いや、どうでもいい。些細な事だ! これで両親の邪魔にはならない!! 俺に未来が返ってきた!! 今日からは恩返しだ!!


「なぁ、お前! お父さんとお母さんに連絡したいんだけど、どうすればいい!! 今頃は通勤時間かな? だが! この喜びを共有しないのは最早罪だ!!」


 勢いよく問いかけると、俺の復活を目撃した唯一の人間は怪訝そうな顔をしている。

 そんなに難しいことを言った覚えはないぞ。なんだこいつ、暴力的なうえに馬鹿なのか? まあいい、許してやる。今の俺はすべてを許せるぜ!!


「迷惑を掛け続けたから、病気が治りましたよと連絡したい! それだけだ。単純だろ? もちろん、先生や看護師の皆々様方が先でもいいぜ!」


「んー、ああ? ……まぁ、そうか。気の毒ではある。俺にはわからない関係だが」


 なんだ、歯切れが悪いな。

 そういえば、なんといったっけ。こいつの名前。


「えーと。あんたは? 折角だから仲良くなろうぜ。暴力は許すぜ! 俺は本来滅茶苦茶な人見知りだが、事情が事情だからな!! あんたのことを教えてくれ!! なんでそんな格好しているんだ!?」


 病院の理事長の息子か? それとも偉い教授の親族か? そうでもなきゃ、見ず知らずの人間が俺の病室に入ることは出来ない筈。それに、だ。これが夢じゃないと俺に理解させるためには暴力の一つや二つは間違いなく必要だが、病人を殴ったり放り投げたりするには、何らかの後ろ盾がないとおかしいからな。さあ、こいつはどんな男なんだ?


 イケメンは小さく咳払いして、厳かに口を開く。


「この俺こそは、セント・バーナード、シャングリ=ラ、イストロスおよび太陽系ソーラーシステムにわたる中央星域大総督にして、二つの艦隊フリートおよび三つの軍団コープスからなる第八軍集団を統べる宇宙軍大将にして――、」


「おいおいおいおいちょっと待て」


 いくらなんでも設定過剰だ。ちなみに、地球以外の固有名詞は耳を素通りした。

 ハロウィンの仮装にしちゃ役に入り込みすぎていないか? 何を言っているんだこのイケメン。俺の横槍を無視して不敵な笑みを浮かべているのが余計に苛立たしい。もっとまともな自己紹介が聞けると思っていたが。


「未来の銀河帝国皇帝、ジギスムント・ザウエル・レイルである。人類を救う男だ。手を貸してもらうぞ、二〇〇〇年の時を超えて蘇った少年よ」


「……はいはい、カッコいいね」


 おいおい、このハロウィン浮かれ野郎が。俺はお前の本名を聞いたんだ。確かに外人っぽい目鼻立ちだけど、何? ジギスムント? 歴史の教科書にしか乗っていないような響きの名前だ。それが本名であってたまるかよ。それに――、


『二〇〇〇年の時を越えて蘇った少年よ』、だと? 俺までお前の設定に巻き込むな。いいか、俺は真面目にお前のことを尋ねているんだぜ。


 このイケメン、銀河帝国皇子? の仮装をしているのか。

 ハロウィンってのは、普通は有名なアニメキャラに扮する筈だが……? ジギスムントという名前のキャラは俺のアーカイブにないぜ。独自設定かよ。ウケる。独自設定が悪いってわけじゃないが……、


 だが、だが――、


「……気の毒と、もう一度言っておこうか」


 ジギスムント、お前は何故、哀れんだ目で俺を見る。

 さっきまでのふてぶてしい態度はどこに行ったんだ?

 身体が復活するくらいの奇跡を体感した今となっちゃ、冗談を冗談として受け入れられないぜ。俺の身体が動くなら、おい。


 お前の馬鹿げた発言も……。

 正しいってことに、なってしまうじゃないか。


「ああ、わかりづらかったな。今この時は銀河歴一〇〇〇年であるから、西暦で言えば四〇〇〇年ということになる。貴様が冷凍処置を受けてからだいたい二〇〇〇年だ」


「…………は?」


「おいおい、折角命を助けたというのに。貴様は外れか? がっかりだ……。いや、まてまて。これでもマシな方かもしれん」


「おい、何を言っている……?」


「俺が聞きたいくらいだ。おい、その病を完治させる技術が貴様の生きた時代にあったか?」


「…………」


 致命的に会話が噛み合わない。そんなことを聞きたいんじゃない。だが、言葉は出てこなかった。この男の言うことを理解すれば、俺は、俺の両親は――、


「……おお、そうか。いわゆる時間旅行者に当たるものな。ならば、わかりやすく説明してやるべきか。真実は身体で学ぶべきだ」


 自称皇子が指を鳴らす。その瞬間、白い壁の一面が消え失せる。黒の無限と青の球体が出現した。宇宙と惑星、それ以外にあり得ない。もう一度指が鳴る。自重が消えた。驚きに身じろぎ、そのまま体が浮く。声も出ない。今味わっている浮遊感、視覚、聴覚すべてがリアル。


「人工重力を解除した」


 人工重力? 完全にSF用語だ。


「まだわからないか? 貴様の病が貴様の時代の医療で治るとでも? 次元性神経不全症候群はそれ程生易しい病ではないぞ。いいか、これが西暦四〇〇〇年の科学と言うワケだ。この現在は、君にとっての遥かな未来なのだよ」


 もし、もし、もしも。


 これがすべて、本当に現実の出来事だとするならば。俺の見ているすべて、感じているすべてがマジのリアルだとするならば――、




「君の知る世界はそこに住まう人々と共に時の彼方へ消え去った」




 ジギスムントはあっさりと言い放った。その整った顔を、俺は斜め上から見下ろしている。今この時、俺は宙に浮いている。無重力を体感している。


「もう一度言おう。現在は西暦四〇〇〇年なのだ」

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