第6話 美少女軍人による殺戮と、皇子の気絶

 オルスラが笑っている。

 人形めいた端正な顔を歪めて、凶暴に笑っている。敵に取り囲まれていることなど一切気にしていない。彼女は一呼吸置き、獰猛に叫ぶ。


「流石は殿下!!」


 未だに受け入れられない現実だが、殿下とは俺のことだ。

 はい、ありがとうございます。それで、何が流石なんですか?

 俺はこれから、初めて見た弟君の手勢に誘拐されるところなんですが。


「何故小官に反撃をお命じにならないのか、疑問に思っていたのですが……」


 オルスラの顔は上気している。真っ白な肌に少しだけ朱が差していて、一層魅力的に見えた。その顔が、歓喜と狂気に染まっているとしても。


「敵が残らず姿を現すまで、時間を稼いでいらしたのですね! 殿下の深謀遠慮、小官の及ぶところではございません」


 えぇ……?


 ああ、宇宙戦艦の残骸から出てきた連中を俺がおびき出したと思っているのか。でも待って? それだと俺が、沢山の犠牲を許容して時間稼ぎしたことになっちゃうけど? かなり無慈悲な男だということになっちゃうけど……? それを君は喜ぶのか?


「では、許可を」


「あぁ、うん」


 思わず答える。何の許可だろう。当然俺にはわからない。

 今の俺にわかることなど、何もない。


「逆賊ども、今のうちに泣き喚け。貴様らの結末は――、」


 オルスラは獰猛に笑う。軍服の胸元から何かを引き出す。

 鎖に繋がれた胸元のそれは認識票だ。銀色の金属で出来た小さく薄い長円形。俺の知識によれば、軍人の個人識別に使われる。氏名、認識番号、血液型が書かれた小道具に過ぎない。


「死!! だ!!!」


 彼女が腰にぶら下げる筒から、銀色の液体が吹き出した。身体を包み込むように広がる。日光に照らされて輝いている。余りに眩しい。思わず目を瞑る。電子音がした。


『〈3式極地戦闘兵装メルクリウス〉、起動』





 目を開けると――、





 オルスラのいた場所に、水銀の騎士が立っている。


 衛兵たちの纏っている装甲服とはまったく違っていた。火器の発達によって消え去る寸前に、欧州大陸の一部で進化の極地にまで至った全身鎧そのものと言えた。それでいて、まったく鎧ではなかった。どろどろと、ゆらゆらと、装甲は溶岩のようにゆっくりと蠢いている。兜からは二本の角が突き出ていた。そして、背中には後光めいて見える多数の筒。それらは敵が持つ光線銃に似て見えた。


 無骨でもあり禍々しくもある。

 そして同時に、美しいと思った。


遺産兵器レガシーだと!?」

「金髪緑眼の少女軍人!! まさか!」

「〈ダイソンの死神〉か!!」


 包囲する敵が口々に叫ぶ中、オルスラの姿が一瞬で掻き消える。否、高速で移動したのだった。彼女は包囲の外に立っている。一体何が起きたんだ、と俺が思う間もなく――、


 ごと、と何かが落ちる音がした。

 襲撃者の一人、その首が落ちたのだった。

 断面は焼け焦げている。


 オルスラは何も言わずにゆっくりと振り向く。その手にはいつの間にか、虹に輝く剣が握られている。彼女が斬ったのだ。敵を。


「殺せ!!!」


 敵の一人がそう叫んだのを合図にして、襲撃者たちがオルスラに殺到する。その手には振動刀。防御不能の斬撃兵器。複数の刃が銀の鎧に突き立――、


「馬鹿な……」


 ちはしなかった。あらゆる障害を切り裂くべく作られた武器は、俺から見ても古臭いデザインの鎧に、傷一つ付けられない。オルスラは、そよ風を感じるかのように自然体で立ったままで――、


 直後、赤が吹き荒れる。頬に湿った何かがぶつかる。

 何が起きたのか、俺には直ぐには分からなかった。だが、赤が収まったその後、陽光を受けて輝く銀の鎧だけが立っていた。襲いかかった連中は細切れにされて死んだのだった。赤は血と肉なのだった。


「撃て! 巻き込んでも構わん!!」


 敵の一人の叫びに応じるかのように、オルスラは走り出す。


 衛兵の装甲を引きちぎった光線銃をものともせず突進する。光線はすべて、鎧に弾かれる。彼女は舞う。剣を振る。死体が増える。回収挺が僅かに高度を上げ、腹部の機関銃群が鈍い唸りを上げる。弾丸が殺到する。路面が抉られる。破片が舞う。オルスラは自ら築いた死体の山を飛び越えながら――、


「死!」


 兜から突き出た二本の角の間に、虹の光球が出現する。


「ね!!」 


 光球から虹の束が吹き荒れた。

 眼窩を焼き焦がすような光が周囲を支配する。数瞬して、俺は思わず瞑ってしまった目を開けた。エイに似た回収挺が真二つになっている。爆発。さらなる光。全身を暴風が襲う。


 爆炎を背景に水銀の騎士は駆け続ける。

 主君の敵すべてを殺すため剣を振るう。背部の筒が組み合わされ、銃座を構成する。銀の弾丸が放たれる。その度に死が生まれる。光線銃を持ち、狙撃を続ける敵を的確に撃ち殺していく。





 彼女が敵を殺し尽くすのに要した時間は、たった一分だった。


 総督府の中心に暗殺者を潜り込ませ、数十人の護衛を殲滅してのけた敵が残らず排除されるまで、一分と掛からなかった。ただし、遠くから銃声と爆発音がかすかに聞こえる。この広大な総督府の何処かで、戦闘が行われているらしい。


「脅威は排除しました、殿下。速やかに脱出いたしましょう。もはや総督府は安全とは言えません」


 水銀の兜を解除したオルスラはそう言った。いつの間にか、直ぐ側に立っている。人形のような無表情を取り戻していた。何事もなかったかのようだった。あれだけの出来事があったにもかかわらず。


「……お、ああ」


 殺戮を演じた直後にそんな無表情を……?

 俺は理解できない。一体どう育てばそうなる。気づいたら歩けるようになっていたことよりも、銀河帝国の皇子とやらになっていたことよりも、眼の前で起きた殺戮劇よりも――、


 その精神が理解できなかった。恐怖を感じる。身体が勝手に震えだす。死は身近に感じてきたから、恐怖も随分昔に飼いならしたと思ってきたけれど、全然違うのだとわかった。


「まさかお怪我を!?」


 オルスラは俺の感情にまったく気づかない。

 返事は出来ない。我を忘れているからではない。彼女の声には不安が宿っているように思えた。無表情でも隠しきれない優しさが余計に怖かった。理解できないものを目の前にすると、人は恐怖するらしい。


 声は声にならない。震えが一層ひどくなる。オルスラは水銀の鎧で覆われた手を差し伸べる。その手はべっとりと血で覆われていて――、

 

 あ、無理だ。


 血の匂いは苦手だ。命がこぼれていくような気がするぜ。

 強烈な貧血に襲われて、意識が薄れていく。

 足から力が抜ける。地面が近づく。


「殿下? 殿下!!」


 オルスラが自分の身体を揺するのを遠のく意識の向こうに感じながら、俺はふと、初歩的な疑問を抱く。





 そもそも、どうしてこうなったんだっけ……?

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