第5話 命を狙われた銀河帝国の皇子、絶体絶命の危機
衛兵たちが互いに殺し合っている。
何故、仲間同士で戦っているのだろう。未だぼんやりとした思考のまま思った。衛兵たちは俺とオルスラをぐるりと円状に囲うように戦っている。
剣が振るわれ、刃が突き立つ度に甲冑が紙のように裂かれた。
血が舞う。衛兵が倒れる。視界すべてが闘争状態。
遠くでは、先程降りたばかりの宇宙戦艦が真っぷたつに折れていた。各所から炎が上がっている。俺の視力と聴力を一時的に奪った爆発源は、あれだとすぐに分かった。
どう考えても、軍事作戦が進行中だった。衛兵や侍女に敵が――敵ってなんだ?――紛れ込んでいて、味方が応戦しているんだ。そうに違いない。
爆音で麻痺した聴覚が、徐々に万全な状態に戻っていく。
甲高い音が鳴り響いていることに気がついた。衛兵たちが振り回す刀の輪郭はブレて見えた。高速で振動しているらしい。耳鳴りめいた高周波は、彼らの刀から発せられている。
「あの刀……」
振動でなんでも断ち切るタイプの剣だ。振動刀というべきか。
色んな映画やアニメで見たやつだ。触れたが最後、肉も骨も分かれてしまう。俺の時代でも
まあ、SF世界にSF武器があることはどうでもいい。銃はどうしたんだ。なんで剣なんだ。光線銃とかはないのか。光線じゃなくてもいい。実体弾を飛ばすやつで反撃してくれないか。俺が生まれる千年以上前から、火薬で何かを飛ばす武器はあったはず。
一体どういう世界観なんだ。
誰か、事情を丁寧に説明してくれないか。
「これほど大掛かりな暗殺を仕組むとは」
殺気立った声が耳に飛び込んでくる。顔を動かすとオルスラの顔が直ぐ側にあった。俺が姿勢を上げないよう、被さるような体勢だった。おお、近寄っても滅茶苦茶美少女。あと柔らかい……。
呑気過ぎる感想を脳内で走らせたところで、突如赤い光線が辺りを駆け巡る。
衛兵たち――俺を守るために戦っているらしい方――が数人、一度に倒れ伏した。
やっぱりあるじゃん光線銃!
SFお約束のヤツがあるじゃん。こっちもそれで反撃してくれよ。光線銃に勝てる剣士は電光剣が武器の映画にしか出てこない。振動刀とは噛み合わない。
「
さっきも聞いた単語だけど、遺産兵器って何だ。
質問する間もなく、光線が俺の近くまで迫った。発着場の舗装面が抉れて破片が顔に当たる。更に数人の衛兵が倒れる。発着場に隣接する建物群の屋上に、狙撃手が潜んでいたらしい。
「チッ、ここでは不味い。さぁ、走ってください!! 見えますか! あの影に!」
オルスラに突き飛ばされながら、俺はよろよろと入口脇まで移動する。入り口のドアはいつの間にかひしゃげていて、迎え入れてくれそうもなかった。
オルスラは倒れた衛兵たちを積み重ねて小さな壁を作り、腕時計――多分、無線機的なものでもあるんだろう――に向かって何事かを叫ぶ。
「攻撃を受けている! 敵勢およそ三十! 四級ないし五級の遺産兵器を複数確認! 北東第二発着場に急行願う!」
『あー、こちら憲兵連隊本部。交信規則を守れ。所属と姓名を告げよ』
「ふざけるな! 襲撃を受けているのだぞ!!」
『こちら連隊本部、交信規則を守--』
突然通信が途切れた。再び爆音。今度は遠い。総督府の中心に聳える塔が2つに折れ、崩れ落ちている。オルスラの腕時計は雑音だけを発するようになった。彼女の端正な顔が歪む。
「本気で戦争をしたいかヴィルヘルムの青二才めが! ジギスムント殿下がそこまで目障りか!!」
なるほど、なるほど。オルスラの唸るような叫びを聞いて、俺にも状況が飲み込めてきた。人生経験が不足しがちな俺でも流石にわかってきたぜ。
ヴィルヘルムが誰か知らないけれど……、
ジギスムント殿下はヴィルヘルムとやらに狙われていて、その配下が侍女や衛兵になりすまして襲ってきた。そういうワケだ。そして、大変不都合なことに、俺はそのジギスムント殿下なのだった。
人違いだと叫び出したかった。
しかし口がうまく動かない。恐怖のせいだ。多分。これまでいちいちツッコミを入れてきたが、完全に現実逃避だったのだとはっきり自覚した。
戦いは未だ続いている。赤い光線が奔る度、俺を守るように動く衛兵の数が減った。襲ってきた側の方が勝ちそうだった。闘争が生み出す不快な音楽は、急速に萎みつつあった。
■□■□■
つい先程まで死闘が繰り広げられていた発着場はまったく静かになっていた。聞こえるのは、奥で横たわる宇宙戦艦が吹き上げる炎、その大気の揺らめきだけだった。
いや、遠くから爆発音が時折届く。広い総督府のどこかで、戦闘が繰り広げられているらしい。ただ、この場の戦いは数分前に終わっていた。ジギスムント殿下を守るために働いた衛兵たちは、全員地に伏している。俺は建物の壁を背にして、敵に囲まれている。
敵の数は、衛兵姿が九人、侍女姿が二人。合わせて十一人。いや、新たに二人がこちらに歩いてくる。手にはごつごつしたデザインの細長い何か。恐らく、光線銃なのだろう。合計十三人だ。ジギスムント殿下を暗殺するために潜入した敵は、これで全部らしい。心臓が早鐘のように鳴っている。
味方で動けるのは――、
「殿下、私の背後からお出になりませぬよう」
俺を庇うように立つオルスラだけだ。美少女は後ろから見ても美少女なんだな。場違いな感想を覚えた。軍帽から溢れる後ろ髪しか見えないけれど、美少女ということだけはよくわかる。わかるけれど、
どうやらジギスムントは負けたらしい。
俺が今、そのジギスムントになっていることは何が何でも棚に上げたいところだった。しかし、これは現実なのだった。五感すべてがそれを告げている。
取り囲む衛兵姿のひとりが一歩前に出て来る。そいつは左手を目の高さにかざした。手首の腕時計が輝いたと思うと、空中にひとりの男の顔が投影される。
「やあ、久しぶりだね」
投影された男、長い黒髪を真ん中分けにした美形の男がそう言った。整っているが、人を馬鹿にしているのを隠せない顔つきだと思った。嘲りに類する感情が、切れ長の目元に現れている。何故か見覚えがある顔だ。どこで見たんだろう。
「その顔をやめろ! ジギスムント!!」
不思議に思っていると、男はいきなり叫んだ。
状況を踏まえればどうも俺に怒鳴っているらしい。
は? どの顔?
「余を馬鹿にするのも大概にしろ! 兄さんはいつもそうだ! 何もかも自分の掌の上だと言わんばかり!! 横暴で残虐で人を人とも思わない!! 弟の手柄を奪って平然とするゴミ野郎が!!」
えぇ、めちゃくちゃ怒ってるじゃん。どう反応すればいいのかよくわからない。病院暮らしだった俺は、当然怒られ慣れていない。
ええと……。何? 弟だと?
ジギスムント殿下の弟ということかな。ああ、そうか。どおりで見覚えがあると思った。俺の今の外見によく似ている。が、比較してわかった。俺が成り代わったらしい男は、もう少し威厳と優しさを感じる顔をしている気がする。
死ぬほどやばい状況――比喩じゃないのが笑えない――なのに、激怒する彼を見たら冷静な気分が少し戻って来た気がする。自分よりパニック状態の人間を見ると落ち着くというのは本当だな。ありがとう。見知らぬ弟。どうか状況を説明してくれ。俺はこんな目に遭っていても、混乱することしか出来ないでいる。
「しかも、だ! 中央星系を四つも手に入れやがって。どうせ陛下に媚を売ったんだろう! 自分より強いものにはとことん下手に出るのだ!!」
はぁ、そうですか。ジギスムントってのはいけ好かないやつのようだね。
前言撤回だ。ジギスムントの顔から感じた威厳も優しさはすべて外面なんだな。俺の言動で周囲が戸惑う理由の一端は、そこにある気がする。なるほどなるほど。
そう言えば、最初にマントを受け取ろうとした侍女は、ジギスムント殿下のことを過剰に恐れているようだった。つまり、ジギスムント殿下は相当やばい男ということか。
「だいたい兄さんは子供の頃から――」
「ヴィルヘルム殿下、続きは後に」
キレ続ける弟君だったが、彼を映し出す端末を身に着けた男が口を挟む。
「回収艇が来る時間です。早急に抵抗を排除する必要があります」
そして、城壁の向こうから飛行物体が姿を現す。平べったい形をしていた。エイに似ていると思った。十数人が乗り込めそうなサイズの飛行物体は、俺が乗ってきた宇宙戦艦の残骸を越え、襲撃者たちの背後に滞空する。
回収艇? 何を回収するつもりだ? ああ、俺か。
そして『抵抗』とは、オルスラのことだろう。
「……分かった。だが、最後に一言だけ」
弟君は怒りを堪える様子でそう言った。部下の話は一応聞くタイプらしい。まともな人間に見えてきた。弟君が話すジギスムント像よりもだいぶマシだね
「お前に帝位継承権を放棄させて、余は更に上に行く。悪事はすべて暴いてやる。どさくさ紛れに死ななかったのが残念だ……。が、身内殺しは陛下がお許しにならないからね」
弟君が話している間に、回収挺は襲撃者たちの背後に着陸している。
「直接会うのを楽しみにしているよ、兄さん」
そう言い放って映像は消えた。同時に襲撃者たちの包囲が狭まってくる。じりじりと。その背後、宇宙戦艦の残骸から駆け寄って来る人影が三人。まだ仲間がいたらしい。敵が増えた。
おいおいおい待て待て待て。これからどうなるんだ?
マジで、本当にどうなるんだよ。皇子同士の兄弟喧嘩の展開がどうなるかなんて知らない。弟君は殺すつもりがないようなことを言っていたが……、結局最終的に、俺は死ぬんじゃないか?
「く、くく……、ははは!! ははははは!!!」
突如、笑い声が響き渡る。
へ? なになに?
声がした方向を向く。直ぐ側だ。金髪緑眼の美少女が哄笑の発生源だった。ジギスムント殿下の護衛隊長、オルスラ・オルトギース大尉である。
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