第4話 SF世界観への疑問と、皇子暗殺計画

「そろそろ到着です。一時間は執務のお時間となります」


 端正な顔に無表情を浮かべたままオルスラは言った。てきとう極まりない返事をしているうちに、目的地に着いたようだ。我に返って周囲を見ると、いつの間にか他の宇宙戦艦の姿が消えている。宇宙にでも帰ったのだろうか。


 さて、総督府。

 この星の古い要塞を改装したものらしく、その外観は地味極まりない。城壁は半分地面に埋まっていて、高さはジギスムント三人分程か。要塞の外郭はギザギザと綺麗な直線を描いていて、その形は――、


「何十倍もでかいけど、五稜郭みたいだ」


「殿下?」


「あ、いや、何でもないぞよ」


「ぞよ?」


 オルスラは人形めいた無表情を崩し、怪訝そうな表情を浮かべている。「ぞよ」は間違ったな。くっ……。独り言も満足に言えないのか。最近は声帯も動かないからご無沙汰だが、病室の住人だった俺にとって、独り言ってのは空気を吸うのと同じくらい自然なんだ!


 内心でわめきながら、眼下の総督府に視線を戻す。


 低い城壁が星形に幾重にも長く長く連なっている。察するに、星形要塞と呼ばれるものだろう。これはYo!tuba!!の日本の城解説動画で得た知識だ。記憶が正しければ、大砲が進化したせいで背の高い城が廃れた後に出現したタイプ。


 うーん。SFとの食い合わせはよくなさそうに思える。

 宇宙戦艦が存在するような文明レベルに存在するにしては違和感があり過ぎる。それに、SFに出てくる権力者の職場は摩天楼のどこか一部屋だと決まっているものだ。


 高い塔が幾つかあるけれど、要塞の内側はほとんど低い建物で占められている。高い塔は管制塔っぽいな。どこが権力者の間かさっぱり分からないぜ。


 ここは地球じゃなくてバーナード星とかいう場所らしいから、人間たちは宇宙船に乗ってこの星に来た筈だ。そんな科学の持ち主が星形要塞を作るだろうか? 俺が生まれるずっと前から、観光名所としての扱いしかされていないような公園もどきをわざわざ?


 そんなことを思いながら視線を上にずらすと、


「……あぁ?」


 総督府の空には一隻のが浮かんでいる。宙に浮かぶ巨大なそれは、船に見え過ぎた。上に伸びる艦橋、三本の砲身を突き出す四角の砲塔、水を切り裂くことに特化したような鋭利な船首。砲塔が上下左右すべてに並んでいるところにだけは違和感を覚えたけれど――、


 それは、俺が生まれる百年前に活躍した。

 それは、暴力と美という背反する要素を高水準で纏め上げた存在。

 それは、俺が生まれるずっと前に時代遅れになっていた。

 それは、すべてを貫き爆砕する砲弾を大量投射する。


 海に浮かぶ最強の軍船いくさぶね


 戦艦だ。


 それを見て、いやはや……と俺は呆れる。


 俺が乗り込んでいる宇宙戦艦は、宇宙を行き来するのに適した形だと今更ながらに思った。鮫のような丸みを帯びた流線形は、全身を翼と化して揚力を稼ぐことができるのだろう。SFはSFでも、常識的物理や科学を無視しないタイプの作品に登場する宇宙戦艦だ。


 だがこれは、俺の知る戦艦の姿のまま、ただただ、空に浮かんでいる。

 SFというより、ファンタジーの領分じゃないかとすら思った。


「サンダラーですか」


 俺の視線を確認したオルスラが応じた。その口調は、思うように作動しない電化製品を揶揄するようだった。


「え……、あぁ、うむ」


 あれはサンダラーというのか。ポーカーフェイスに似合わない、彼女の蔑むような口調を訝しみつつも――、


 見れば見るほど俺の知る戦艦そっくりだ。

 船体中央から高く聳える艦橋と煙突らしき突起は戦艦そのものだ。それに、いくつも配置されている砲塔も大気圏内を飛ぶのに不都合そうに見える。宇宙空間で艦橋を高く伸ばす意味はまったくないし、大気圏を飛ぶならば邪魔でしかないのではないか。空気抵抗が凄そうだ。先程見たパレードの宇宙戦艦は完全に流線型だったぜ。


 それが宙に浮いている。どういう理屈だよ。


 まぁ……、SFにもいろいろあるんだな、と納得することにした。宇宙戦艦○マトの意匠デザインってやつだ。いやはや、現実にはありえねぇだろ。もちろん現実的な宇宙戦艦なんてものはありえないんだが……。


 実際目の前で浮かんでいるのだから、受け入れざるを得ない。得ないが、流線形の宇宙戦艦の次は五稜郭もどきで、その星形要塞の上空には水上艦艇もどきが浮かんでいる。世界観が余計にわからなくなった。


「どう思う?」


 曖昧な聞き方になったのは、ジギスムント(本人)ならば知っているだろう事柄だからだ。素直に「あれはなんだ」と聞いて、正体がバレては話にならない。


「支配権のない地球連邦宇宙艦EFSSではありますが……、この星の住民にとってはほとんど聖遺物です。浮いているだけが取り柄の遺産兵器レガシーでも、統治の役には立ちますから」


「………………………そうだな」


 何にもわからなかったぜ。疑問が増えただけだぜ。

 地球連邦宇宙艦? 聖遺物? 遺産兵器? 統治? さっぱりだ。

 いや、「統治」はわかるけどね。


 ともかく、まぁ……。オルスラの口ぶりから察するにサンダラーという名前らしいこの戦艦らしすぎる戦艦は、大して重要じゃないんだろう。それに結局のところ、俺は目の前の光景を受け入れるしかない。興味はあるが、他にも色々考えなければならないことは多い。


「五分後に到着となります。そろそろ参りましょう」


「うむ」


 オルスラに案内されるがまま部屋を出た。どこに行くのか知らないが、カツカツカチャカチャと、硬質の音が薄暗く狭い廊下に響いている。俺とオルスラの軍靴が床を叩く音と、彼女の腰に下げられた銀色の筒が金具に当たる音だ。うん? なんだろうこの筒は。


 と思いながらしばらく歩くと、差し込む明かりが目に入った。出口らしい。昇降階段タラップが突き出ていた。金属製の板をカツカツと踏み鳴らして地面に足をつける。久方ぶりの大地に降り立って――、


 広がっていたのは舗装された平坦な空間だ。恐らく発着場。広くて平らで草が生えていない場所は全部そうだ。いや、陸上競技場もそうかもしれないが、宇宙戦艦が降り立つなら発着場だろうな。


 発着場に面した総督府入り口までは赤い絨毯が敷かれていて、その両側に甲冑を着込んだ衛兵が数十人立ち並んでいる。


 甲冑と言っても、中世ヨーロッパのような金属鎧ではない。俺が知る機動隊が着込んでいるようなそれのデザインに似ている。兜はバイクヘルメットみたいだしね。どっちにしろ、威圧的であることに変わりない。彼らがジギスムント殿下のために並んでいるのだとしても。


 俺は緊張しながら――衛兵だけでなく、直ぐ後ろをついて歩くオルスラにも緊張している。彼女は彼女で真面目なオーラを出していて怖い――赤い絨毯を歩き抜き、要塞入口の手前で立ち止まる。肩の留め金を外してマントを脱いだ。


 今身にまとっている重たいマントは、室内では着ないしきたりになっていると、オルスラからさっき説明された。彼女は細かいことをしっかり口にするタイプらしい。


 入り口に控えていた侍女たちの一人が近寄ってきた。マントを預かる役割のようだ。腰を下げて両手を広げている。俺は重たい布を渡そうとして、しかし侍女は取り落してしまった。俺はマントを拾い上げ、再び渡そうとしたところで――、


「命だけはご勘弁を!」


 突如、侍女が絶叫する。


「申し訳ございません申し訳ございませんお許しください!」


 侍女は土下座してガクガクと震え始めた。おいおいマジかよ。ビビり過ぎじゃない?

 誰にでもミスはあるって。大丈夫大丈夫。俺なんて、手を上げることすらできなかったんだ。拾えるだけで優秀さ。何故か銀河帝国の皇子になっているが、今のところうまくやれている気がまったくしないし……。


「お許しくださるようだ。感謝しなさい。他の者、殿下のマントを」


 困惑していると、オルスラが俺と侍女の間に割って入った。侍女は同僚に肩を抱えられ、泣きながら下がっていく。えぇ。俺、なにかやっちゃいました……?


 泣き叫んで職務を果たせなくなった侍女の代わりに、別の侍女が近づいてきた。ふぅ、よく分からないが、早く落ち着きたい。さっさとジギスムントの部屋に入ろう。少なくとも一人にはなれるだろうから。俺はマントを渡そうとして――、


「貴様、見ない顔だな」


 オルスラが言った。絶対零度という言葉を思い起こさせるほど冷たい声だった。その侍女は返事をしなかった。懐から何かを取り出す。直後、腰だめにそれを構えて突っ込んでくる。


 それは、ナイフにしか見えなかった。


「うぉおおお!?」


 衝撃を感じる。




 驚いて何もできずにいる俺を押しのけ、オルスラが前に出た。彼女はいつの間にか腰の銃を抜いている。俺は転げる。地面に顔をぶつける。絨毯が敷かれていても痛かった。乾いた轟音が頭上で2回。


 そして、何か重量があるものが地面に崩れ落ちる音。


 なにこれ、どういうこと?

 質問しようとしたところで、オルスラが叫んだ。


「近寄るものは――」


 更に事態は急変する。

 叫びの続きは聞こえなかった。光と風と音が押し寄せたからだ。視界が一瞬白く染まり、熱風が身体を撫ぜ、轟音で耳が聞こえなくなった。人生経験に乏しい俺でも、爆発だと確信した。爆風によって地面に叩きつけられながら喚く。


 なになに何が起きてるの!?

 状況を確認させて頂きたい!

 侍女はどうなった?

 何が爆発した?

 マジで勘――、


「弁してくれ!!!」


 自分の声が、薄っすらと聞こえた。轟音で麻痺した聴覚が少しずつ戻ってきたらしい。伏せた体勢のまま顔を上げ、発着場を視界に入れると――、




 そこは戦場だった。

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