第3話 パレードは終わり、皇子の振りを精一杯行う

「はぁ……」


 宇宙戦艦の底部艦橋で、俺は再びため息をついた。

 同時に、空中に浮かぶジギスムント殿下のご尊顔が完璧としか言いようがない慈しみの表情を見せる。眼下から歓声が上がった。


 彼は民衆から慕われているらしい。ジギスムント氏になってしまったらしい現実を受け入れるとしたならば、喜ぶべき光景なのかもしれない。


 もちろん受け入れられないが、俺はとりあえず手を振る。

 さらなる歓声が湧き上がった。


 なんだこれは。なんだこの事態は。


 宇宙戦艦と軍服の美少女だけでも気を失ってもいいくらいに荒唐無稽なのに、銀河帝国皇子ジギスムント殿下――何だそれは――に俺がなっているだって? あとついでに、地球以外の惑星にいるだって? えぇ、どれから驚けばいいんだ……? 体が動く喜びは、どこかに飛んで行ってしまっている。


「皆様、そろそろお時間です」


 わけも分からず手を振り続けていると、後ろから女の声がした。


 気づけば、足元の景色が郊外のそれに変わっていた。建物が疎らだ。考え込んでいる間に、いつの間にか結構な時間が経過したということか。パレード――これがパレードならばだが、皇子が手を振っているならそうなんだろう――はお仕舞いらしい。


 その声を合図にして、周囲にいた人々は速やかに退室していく。スーツや軍服を着込んだ偉そうな大人たち。会話ひとつなかった。ほとんど駆け足みたいな速度で去るものもいた。あっという間に、声を掛けた女と俺の2人だけが残された。


 ん? 偉い人達が集まって自由時間になったら、雑談が発生するものなんじゃないのか。なんでそんなに急いで出ていったのだろうか。


「殿下?」


 振り向くと、黒の軍服を着た美少女が、直立不動で出入り口の側に立っている。彼女が退室を告げた声の主だ。ジギスムント殿下の――つまり俺の――隣に立っていた美少女である。


 改めて彼女のことを観察する。

 短く切りそろえられた真っ直ぐな金髪がよく似合っていた。そして、惹き込まれるような深緑色の瞳。白人の年齢はよくわからないが、おそらく十代後半。目元に若干、幼さが見て取れた。


 結論、現実のものとは思えないほどの美少女だ。


 んー。やっぱり何度見てもめちゃくちゃ可愛いぞこの娘。だが俺は今や長身のイケメンだ。しかも銀河帝国の皇子でもあるらしいから、美人が周りにいるのも当然だろう。そうだ。そうに違いない。


 病院暮らしだった俺にとって、同年代の女の子――しかもめちゃくちゃ可愛い――が目の前にいるというだけで大変緊張する事態だ。


「殿下、本日のご予定ですが……」


 緊張する筈なのだが、荒唐無稽な光景を立て続けに見せられたせいで感覚が麻痺しているせいか、それほど気にならなかった。


 彼女の名前はオルスラ・オルトギース大尉。ジギスムント皇子の親衛隊長の職に任じられているらしい。何故名を知っているかと言えば――、


 目が覚めたらジギスムントになっていた、と言うのは現実逃避的表現である。

 今こうして自分の足で立っているのだから、自分の足でここに来たに決まっている。


 経緯を思い返す余裕がないので詳細を省くが、俺が目覚めたのは数時間前だ。

 実は、起床時に居合わせたとある男・・・・と一問答があって、その際に一応の説明を受けている。自分が銀河帝国とやらの皇子とやらになった・・・ことについてもそうだ。


 勿論、説明を受けたからといって理解できる現実ではまったくない。

 当然、現実逃避だってするとも。いちいち驚きもする。


「殿下? 殿下? お加減がよろしくないのですか?」


「え? ああうん。心配してくれてありがとう」


 俺の返事を聞いたオルスラは怪訝そうな顔をした。

 やばい。皇子らしからぬ言葉遣いをしてしまったか?


「うむ、問題ない。余は元気いっぱいだ。いやぁ、余は幸せものだな。民の忠誠を思って胸がはち切れんばかりだったのだ。期待に応えられるように頑張らねばならぬな」


 俺は必死で取り繕った。オルスラは、実在を信じていなかった神が目の前に現れたかのような表情をした。


 そんな顔もかわいい。いや違う。くそっ、なにか間違えたか? 皇子の振りなんて無理に決まっている。だが、誤魔化さないわけにもいかない。朝起きたら銀河帝国の皇子になっていました、なんて信じてもらえると思うか? 


 無理だ。バレたらどうなる? 想像もしたくない。『帝国』は悪逆なものと相場が決まっている。目が見えた頃に見た大量の映画やアニメから得た知識によれば、絶対にそうなのだ。


 星戦争がもっとも有名だろうが、他のもだいたい帝国は悪い。本邦では機械生物に乗り組む戦記物もあったし、レジェンドオブザギャラクティックヒーローズは……。いや、あれはそういう話ではなかったかな。


 いやともかく、『いつの間にか皇子の中身がすり替わっていました。てへ☆』など通用しないだろう。バレたら拷問の上殺されてしまうに違いない。俺がいるのは現実なのだから。


「らしくもないことを言った。忘れろ」


「申し訳ございません、殿下」


 オルスラはあっさりと頭を下げた。権力、ありがとう。銀河帝国万歳、ジギスムント殿下万歳。わかったよ。偉そうで強そうな言葉を使えばいいんだな。


「今日の予定を教えろ。確認しておきたい」


「では……、十四時に総督府に戻られた後、十五時からバーナード星系政府と2時間の協議が入っています。議題は帝国軍の駐留経費負担額と、遺産兵器レガシーとダイオライトの採掘益分配が主です。諜報部の報告によれば、星系政府首班の意見は割れているようですので――」


 難解過ぎる返事が大軍で襲ってきた。


 バーナード? 犬種かよ。察するに今いる星の名前だとは思うが。駐留経費負担? これはギリわかる。在日米軍向けの思いやり予算に似た何かだろう。遺産兵器? 俺は相続のことを考える立場になかったし、兵器に触れたこともない。ダイオライト? 採掘されるからには鉱物資源なんだろうけれど、まったくの初耳だ。


 過去に接種した大量の創作物から得た俺の知識アーカイブでは対応できなかった。俺はSF系の作品が好きだが、別にそれに特化しているわけじゃない。聞き覚えが一切ない外国語を浴びせられるのと、どっちがいいか分からない。


 結局、十分程オルスラの説明は続いて、


「うむうむ」


 相槌を打ち続けた。一応、合間合間で「厄介だな」「悪くない」「受け入れる余地はゼロだ」等などそれっぽい言葉を発した。馬鹿そのものと言っていい対応だが、努力は認めて欲しい。

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