第260話(他者視点)

「……ナフは行ったみたいだ」

「相変わらず、耳はいいな」

「エルフだからね」


 ヘルファは、ツムラから預かったサーチハンドをしげしげと眺めながら、耳を澄ませて表の扉が閉じられた事を察知する。

 店主は何やら、色々と道具を移動させており、これから作業が始まるのだろうというところだ。


「にしても、いい使い手を見つけたね。買って一月程度だっていうのにずいぶんと使い込まれている。それでいて、傷んだ様子はない。大事に使われてるってことか」

「そうだな。ツムラはそういうやつだ。ほら、始めるぞ」

「ずいぶんと買ってるね、彼のこと」


 まぁ、そうでもなきゃ娘を任せないか、と笑いつつヘルファは作業を始める。

 見た目に反して、商売上手で小器用な店主のことだ。

 それなりに、柔軟な考えでサーチハンドを彼に譲ったんだろうが。


「それでも、彼女の形見を人に売るっていうのは、正直意外だった」

「言っとくが、娘を任せるつもりでサーチハンドを渡したんじゃねぇぞ。初めてあいつにサーチハンドを見せた時、あいつと娘は知り合ってすらいなかった」

「じゃあ、アンタがツムラさん個人の素質を、見込んだわけだ」


 手際よく作業を開始しながら、会話も弾む。

 長年の付き合いから、相手の考えていることはある程度理解った。


「妖精を連れた愛子だ、素質なんざ一目見りゃ解る」

「へぇ、さすがに眼がいいだけはある。私は彼から愛子の気配なんて全然解らないけど」

「まぁ、肝心の妖精がいなかったからな。揺り籠の中で寝てたんだろうが」


 二人は、ツムラが愛子であることは知っている。

 ツムラも、店主が信頼できる相手なら話していいと許可を出していた。

 だが、そのツムラもまさか店主が一目で自分を愛子と見抜いたとは思うまい。

 原因は、眼。

 店主は眼がいい。

 彼のレアスキルがそういうものだからだ。


「あいつはなにかでかいことをする。俺やお前さんみたいな、凡人とは違う何かを」

「アンフみたいに、か?」

「そうだ。……俺には、その手助けをすることしかできない」


 かつて、天才アンフが多くの”傑作”を作ってきたのを、隣で助けてきたように。

 店主にとって、大きな何かをする特別な人間を隣で支えることが一番の誇りだ。


「ナフも何れ……ツムラを隣で支えるようになるだろう」

「そうすれば、あの子の自身のなさも改善するだろう……けど」

「けど?」

「娘が嫁に行くみたいで、寂しいか?」

「俺は婿にもらわれた立場だぞ? そんなこと、言えるわけ無いだろ」


 つまり、逆に言えば寂しいのは寂しいんだろう。

 ヘルファは、相変わらずな店主の姿にかつてを懐かしみながら、作業を続けた。

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