第163話

 ミノタウロス、前世においてはギリシャ神話の怪物だ。

 この世界において、それは名前だけ同じのよくある魔物……なのだが、厄介なことが一つある。

 見た目に反して――多芸なのだ、この世界のミノタウロス。


「――――!」


 叫びと共に、ミノタウロスは周囲に無数の火の玉を生み出す。

 火魔法だ。

 それらを浮かべると同時に、自身は斧を構えて――光を帯びる。

 支援魔法だ。


 その光は、特に足元を集中的に照らし――


『来る!』


 クロの警告。

 直後、ミノタウロスがナフの眼の前に出現した。


「や、はやっ!」


 振り下ろされた大斧を、何とか手斧二つで受け流すクロ。

 すでに支援魔法も挑発も使用済みだ。

 集束レッドサイトは一応使っていないが、この調子だとすぐに使わなければならないだろう。


「攻撃が重い……っ!」

「絶対に正面から受け止めるなよ! ナフのDEFじゃ相手できる数字じゃない!」


 その数値、脅威の150。

 とはいえこれは、の数値なんだが。

 元の数値は100だ。

 それでも素の死弐鰐より少し高いな。


「ナ、ナッちゃん! ミノタウロスのバフはナッちゃんの集束と同じ仕組みだよ!」

「わ、解ってる! ……集束レッドサイト! さぁ、打ち合いだ!」


 赤い光を帯びたナフと、両腕を強く光らせたミノタウロスが、戦場の中央で対峙する。

 だが、ミノタウロスの攻撃はここで終わらない。


『火魔法、来る』

『解ってる』


 打ち合いを続けるミノタウロスの背から、すでに展開を終えていた火の玉が奴を避けるよう迂回しながら飛んでくる。

 それらはこっちに寸分たがわず狙いを定めていた。

 軽いホーミング機能がついているのだ。

 近いところで大きくさければ問題ないが、打ち合いを続けるナフと、それを支えるヒーシャには難しいだろう。


「火よ!」


 だから俺が撃ち落とす。

 白く光る熱球。

 それで、迫りくる火球を撃ち落とすのだ。


「全部撃ち落としたぞ!」


 叫びながら、俺は少しミノタウロスから距離を取る。

 攻撃の予備動作を察知されないためだ。

 他には、万が一でもミノタウロスの攻撃が飛んでこないようにというのもある。


 ミノタウロスは現在、ナフとの打ち合いで手一杯だ。

 火の玉は絶え間なく飛ばしてくるものの、それ以上の動きはできていない。

 無論、言うまでもなくチャンスである。


 距離を取った俺は、少し呼吸を挟んで。


「行くぞナフ!」

「お願い!」


 


 直後、ヒーシャはバフの相手をナフから俺に切り替えた。

 ナフはといえば、手斧を手放し、大斧に持ち替える。

 そして迫るミノタウロスの攻撃を、受け流すようにしつつミノタウロスから距離を取った。


 俺は――


「隙だらけだよ!」


 ミノタウロスに、最高速度で接近、拳を叩き込んだ。


「――――!」


 そのATK、実に593。

 現在の俺が出せる、最も威力の高いワンパンであった。

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