第156話

 ワニ比で狭い通路を、奴は這い回りながら接近してくる。

 恐ろしいことに、あいつ壁を走りやがる。

 爪を壁や天井に貼り付けて、四次元的に迫ってくるのだ。


 しかも、牽制とばかりに水を針のようにして飛ばしてくる。

 これ、ワニのMAGがMIDを越える冒険者にとっては地獄のような光景だろうな。


 死弐鰐のMAGは61、ATKに比べれば低いが、それでもこれまで見てきたあらゆる魔物より高い。

 上層にいたメイジゴブリンだってMAGは36だぞ?


 ともあれ、やるべき事は変わらない。

 こいつを正面から打ち倒すだけだ。


「……来い!」


 水魔法は俺に通用しない。

 理解ってはいるものの、当たること事態がいやなのである程度回避しつついくつかは身体をかすめていく。

 当たった感覚はあるのに痛みはない、前世であったら不思議に思えるであろう感覚を味わいつつ、死弐鰐に接近した。


「おら!」


 拳で一発。

 ワニの動きを止めるつもりで放った。


 止まるどころか、後方へ吹っ飛んでいく。

 とはいえ、正直驚いた。


「今の、耐えるか」

『死弐鰐はとてもタフ。ツムラでも、何回か全力で攻撃当てないとだめ』


 そんなにか。

 HPは下手すれば六桁あるかもしれないな。

 高すぎだろ。


「ガァアアアア!!」

「あ、バフった」


 サーチハンドで見えるATKが一気に上昇する。

 同時にワニが赤い光を帯びて、直後――



 眼の前に、ワニがいた。



「うおおおおあああ!?」


 いくら何でも早すぎだろ!?

 思わず本気でビビったわ。

 眼の前にいる虫を払う感覚で、手を振るう。


「ガァ!?」


 結果的にワニは吹っ飛んだが、ダメージは浅いだろう。

 あんなに早いのか。

 認識を騙す、昔ウサギ先生に習った基本を、久しぶりに思い出した。


『次、来る』


 考えている暇もなく、ワニが跳ね回りながらこちらに仕掛けてくる。


「攻撃が当てにくいな」


 こちらが殴ろうとするとすぐに距離を取ってくる。

 やりにくいったらない。

 火魔法のホーミングで潰すのが一番いいだろうが、こいつ倒すのにどれだけMPが必要になるんだ?


『向こう、警戒してる』

「最高速を手で払われたのが衝撃だったんだろうな。微妙に賢いやつめ」


 おかげで、こっちも相手しにくいったらない。

 正直、勝てない相手ではないが、この速度と警戒心。

 それから高すぎるHPは、倒すのに結構なコストがかかる。


「こんなことなら、高速戦闘の練習しておくんだったな」

『頑張ろう』


 ――実を言うと、俺はAGIが今のこいつよりも高いが、最高速で戦闘したことがない。

 普通に言って、AGI160オーバーは、最高速が恐ろしく早い。

 人の身でその感覚に慣れるのは結構大変だぞ。


「……ここはそうだな、こっちを使うか」


 いいながら、俺はアイテムボックスからあるものを取り出す。

 鉄剣。

 ドワーフ工房にて一本350Gで売っている安物だ。

 今、俺のアイテムボックスの中にはこれが三本眠っている。


 に使うためだ。


 俺は、すぅ、と息を吸って。



「――――“斬華”」



 鉄剣に、炎をまとわせた。

 それは、俺が開発した“必殺技”だ。

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