第122話

「ずるい、とてもずるい」

「んなこといわれてもなぁ……」


 その夜、出歯亀妖精クロは、それはもうお怒りだった。

 布団の上で脚をバタバタとさせるくらいお怒りだった。

 なお、妖精モードである。


「あんな美味しい場面、わたしを起こさない。ツムラ裏切り者」

「それは、頻繁に寝落ちするクロに問題があると思うんだが」


 いつぞやのナフとの件といい、今回と言い。

 クロはまるで狙ったかのように、本人の好きそうなことが起きるタイミングで寝落ちする。

 俺にとって都合がいいのか、クロにとって都合が悪いのか。


「次は絶対に起こして」

「料理の匂いと、魔物の敵意以外で目を覚ますことがないんだろ? 無茶言うなよ」


 しかも、今回は料理の匂いがする場所で寝落ちしていた。

 揺り籠の中にまで匂いが届かないだけなんだろうが、なおのこと値落ちしたクロを起こすのは至難の業である。

 とりあえず、しばらくあーだこーだ言い合って、最終的に。


「こっちじゃ面倒見きれない。別に出歯亀を悪いとは言わんが、その場で寝落ちしてても起こすつもりはない。だから、もし起きていたいならそっちで対策を考えてくれ」

「うー、わかった」


 という感じに落ち着いた。


「それにしても……ヒーシャ、幸せそうだった」

「それはまぁ……そうだな」


 で、話を変える。

 今日のヒーシャとの夕食の件だ。

 クロの言葉は、非常に端的な結論だった。


「それもこれも――全部ツムラのせい」

「俺の?」

「だって、ヒーシャがツムラと出会ったの、ツムラの特異無関係じゃない」


 まぁ、それは確かに。

 ヒーシャはこれまで、二年ものあいだ普通に冒険者をしてきた。

 呪いがあったとはいえ、それは本来なら問題にならない程度のもので。

 今回のように、邪ノシシに出くわしたところを俺に助けられたり、ダイヤモンドオーガに襲われてナフが死にかけたりなんてことはなかった。


「愛子の特異、事件を起こす」

「……まぁ、そうだな」


 特異は、基本的にマイナスな面が多い。

 ヒーシャの母親のような、マイナスしかないものではないとはいえ、俺の特異だって似たようなものだ。

 事件体質。

 決して、多くの人間にとっては歓迎できるものではないだろう。


「でも、愛子の特異で起きた事件は、周りの人間がいっぱい頑張れば、悪いようにはならない」

「結果論だ。……でも、結果論でもダンジョンハザードは死者ゼロで乗り越えてる、か」

「そう」


 ふわふわとベッドから浮き上がり、ぽん、と人間モードになるクロ。

 どうしたんだ? と思ったが――顔を合わせたかったらしい。

 妖精形態だと、視線は合わせられても顔のサイズが全然違うからな。

 俺と正面から向き合って、クロは言う。


「ぜんぶぜーんぶ、ツムラのせい」

「ひどい言い方をするな」

「事実」


 感情表現の乏しい顔で、クロはくすくすと笑う。


「ヒーシャはツムラが自分の色に染め上げた」

「言い方」

「事実」


 くすくす、くすくすと。

 クロは笑っていた。

 とても、楽しそうに。


 なんだかからかわれているようだったが。

 それを悪いとは、俺は思えなかった。


「――それに、わたしも」

「……え?」


 ――今、とんでもないこと言わなかったか?

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