第91話

「……ここ、です」


 俺は、伝えた。

 クロが魔物の敵意を察知できること。

 その能力で、クロが敵意をこの家にあると察知したこと。


 ヒーシャは最初気の所為だと言ったが、しばらくするとここに案内してくれた。


「――入るね、お母さん」


 と、いいながら。


『母親、か』

『……』


 クロは、何も言わない。

 おそらく、この先にいるヒーシャの母親について。

 彼女はその詳細を、おそらく把握しているだろうが。


「失礼します」


 そう言って入ると、ヒーシャの母親は眠っていた。

 部屋に入れば、俺にも理解った。

 これは――


「……呪われている?」


 母親の体の中を流れる魔力が、壊れていた。

 呪い。

 ナフのそれに似ているが、少し違う。


「……“特異”の呪いです」


 ヒーシャが言う。

 特異、クロが言っていたステータスやスキルに依らない異常。

 それが愛子の特性と同じだというなら。


「まさか、君のお母さんは……呪われている?」

「……はい」


 愛子の場合は、死後この世界に転生した後に、その特異は付与されるというが。

 どちらにせよ、生まれ変わった時に特異を手に入れたことに違いはない。


『“魔”の呪い。そう呼ばれてる』

『……治すことはできないのか?』


 治しちゃダメ?

 よく理解できない。

 なんとなく、ヒーシャの母親を見ていれば解る。


 治癒魔法は意味がないだろう。

 呪いは治癒魔法で治すことができるけれど、治した先から“特異”がまた彼女を呪うだろう。

 しかしそれでも、一時的に彼女の今抱えているものを緩和することはできるはずだ。


「あの、ツムラさんは、お母さんを治すって考えてませんか?」

「……そうだな。俺なら、一時的にこの呪いを緩和する事ができると思う」


 それを、ヒーシャは。


「ダメなんです。治すと……から」


 そう、言った。


「それって……」


 想像はできる。

 呪いというからには、巫山戯た特性があってもおかしくはない。

 呪われている間は、本人が苦しむ。

 それを治せば、周りが苦しむ。

 そしてそもそも根治は不可能。

 仮にこれで、ナフのように呪いが彼女を死にいたらしめていたら。

 とすら思えてしまうような。


 そんなところだろう。


「ヒーシャは……この呪いをどうにかするために、冒険者になったんだよな?」

「……はい。呪いを治すアイテムがあるんです」


 ああ、なるほど……しかしそうか。

 ヒーシャの境遇は、俺の思った以上に大変なものだった。

 だとしたら、俺はどうするべきなのだろう。


 俺は……



「……ヒー、シャ。その人、は?」



 考え込んでいたその時、声がした。

 聞いたことのない、疲れ切った、憔悴した声。

 視線を向ければ、すぐにわかった。

 ヒーシャの母親が目を開けて、こちらを見ていたのだ。

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