第90話

 見れば、小さいヒーシャが立っていた。

 いやヒーシャも結構小柄だけども。

 普通に数歳幼い感じだ。

 妹だろう。


「ひぇ!?」

「みんなー! ヒーシャ姉が男つれてきたよー!」


 と、妹さんが家の中に入っていく。


「ま、まってぇー!!」


 ヒーシャは、すごい勢いで家の中に駆け込んでいった。

 ……流石にこの流れで、勝手に帰るとまずいよな。


『行け、行け』

『だからクロは俺に何をさせたいんだよ……』


 急かすクロの声を聞きながら、開けっ放しになった扉に手をかけ――


「うおっ」


 引っ張り込まれた。


「ヒーシャ姉の男だ!」

「男だ!!」


 人聞きが悪いぞ!?

 見れば、先程の少女より更に幼い子どもたち。

 少女が一人に、少年が二人。

 ふむ、五人家族か。


「とりあえず、人聞きの悪い言い方はやめてくれないか? ヒーシャとは友人だけども」

「男じゃん! ヒーシャ姉に男の友達とかできるわけない!」

「酷いこと言われてんな……」


 気持ちは分からないでもないが。

 あの性格だと、男を連れてきたら普通に彼氏か、騙されていると思うよな。


「も、もうみんな! いい加減にして!」


 ヒーシャが割って入ってきた。

 わー! とか逃げろー! とか子どもたちが散り散りになっていく。


「もう……ごめんなさい」

「いやいや、賑やかでいいじゃないか」

『いいじゃないか』


 クロ?


「えっと……本当にありがとうございました」

「ま、もののついで出しな、気にしないでくれ」


 申し訳無さそうなヒーシャをなだめて、家の中を見回す。

 素朴な家具や、ありふれた生活感。

 なんていうか……


「ヒーシャは、ここで暮らしてるんだな」

「ひぇ!?」

「ああ、いや。……こういう、安心できる生活感はちょっと羨ましいよ」


 社畜の生活なんて、ほとんど家は帰ってくるだけの場所だからな。


「そう、なんですかね。……普通の生活ですよ。本当に、普通の」


 そういいながらも、決してヒーシャの顔は暗くない。

 自分の家族が褒められて、嬉しいと言った様子だ。


「後は……」


 いいながらも、俺は視線を回し。


「……本当に、賑やかな家族だね」

「やば、バレた。逃げるわよ!」


 部屋の隅からこちらを眺める、ヒーシャの妹弟を見た。

 俺が気付くと、そのまま部屋の奥へバタバタ逃げていってしまった。


「もー!!」

「ははは……ヒーシャも自然体だな。いい場所みたいだ」

「あ、あう……」


 自然体なヒーシャは、新鮮だ。

 が、それを指摘するとすぐにいつも通りのヒーシャに戻る。

 まぁ、どっちもヒーシャだな。


 と、なんとなく納得していたところに。


『――ツムラ』

『どうした?』


 クロが、真剣な声音でそれを口にする。



『この家に、魔物の敵意が向けられている』



「!?」


 思わず、ハッとなってしまった。


「ツムラさん?」

「あ、ああ……少し、いいか?」


 流石に、それを放置することはできない。

 俺は――ヒーシャに、クロの言葉を伝えた。

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