第71話

 ダイヤモンドオーガが消えていく。

 俺は、大きく息を吐き出した。

 最後の一瞬、解っていたとはいえ、無事だと確信していたとはいえ。

 正直、怖かった。


 背中に感じていた存在感が消える。

 案の定、戦闘中は気にならなかったな。

 振り返れば、ヒーシャが肩で息をしながらこちらを見上げていた。


「大丈夫だったか?」

「身体は大丈夫なんですが、き、緊張で……すいません、ちょっと時間をください」

「ああ、解ってる」


 あの状況で、ひたすらバフの支援をしながら俺にしがみついてくれたんだ。

 苦労で言うなら、彼女のほうが精神的にはキツかっただろう。


 ともあれ。

 これで全部終わったのだ。

 ヒーシャの親友、ナフもこれで救われ――


「――――え」

「……ヒーシャ、どうした?」

「………………ない」


 ――ヒーシャの顔が、唖然としたものに変わる。

 なんだろう、と俺は視線を追う。

 彼女が見ているのは、ダイヤモンドオーガが消えた後だ。



 そこには、何もなかった。



「……は?」


 何も、なかったのだ。

 それは、つまり。


「――ドロップアイテムが、ない」


 ナフの呪いを、ドロップアイテムで直せないということだった。


「ま、待ってくれ。ドロップアイテムだろ!? 普通なら落ちるんじゃないか?」

「は、はい。呪いの解除に必要なのはダイヤモンドオーガの爪……オーガの、一番ドロップしやすいアイテムのはず……なんです」


 それは、スライムで言えばスライムゼリー、ウサギで言えば肉のような。

 落ちて当たり前のアイテム。

 言う慣れば、基本ドロップみたいなものだろ!?


『……ドロップしやすい、けど、必ずじゃない』

『嘘だろ……そんな低確率、このタイミングで引くのかよ』


 まるで、嫌がらせのように。

 誰かがそう望んだかのように。


「……あ、あはは」


 ヒーシャが、笑っていた。

 乾いた笑みを、絶望に染まった笑みを。


「ぜんぶ、ぜんぶアタシがわるいんだ。あはは、あはははは!」

「ヒーシャ落ち着け! 他になにか方法は!」


 なんとか、落ち着いてもらおうと声をかける。

 だが、


「――あるわけないじゃないですか!!」


 帰ってきたのは、悲鳴のような絶叫だった。

 それは、俺が今まで聞いたヒーシャのどの言葉よりも、大きく、重い。


「強大な魔物の呪いは、魔力を侵すんです。それは、どんな治癒魔法でも治せないんです」

「……」

「それこそ、伝説にある。最上級クラスの治癒魔法じゃないと――」

「――――待ってくれ」


 魔力を侵す?

 それはつまり、体内の魔力に干渉するってことだ。

 それは、原理としては普通の魔法とそう変わるものではない。


「最上級なら、いいんだよな?」


 そして、魔力の呪いは治癒魔法なら治せる。

 俺のイメージによる魔法は、初級で上級の効果を齎す。

 なら、


『中級で、最上級の、効果を?』


 クロが問いかける。

 それは、俺がこれまでやってきた転生者としての、チートらしいチートっやつだった。

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