第70話

 ひたすらに拳を叩き込んでいく。

 一発一発に威力を込めて。

 鋭く、早く、鋭く、早く。

 打ち込むたびに正確さを増していくそれは、ある種の美しさすらあるかもしれない。


「やたらタフな奴だな、タダでさえ防御クソかたいってのに!」


 確実にダメージを与えていると解るのに、オーガが倒れる気配はない。

 巫山戯た話だ。

 本来ならこのレベルで倒す相手でないのは間違いない。

 こんなのが湧いてくる辺り、このダンジョン、何か起きているんじゃないかと思わずにはいられないな。


 ただでさえ、愛子がやってきたタイミングで、こんな事件が起きるんだから。

 ともあれ。


「ツムラさん!」

「ああ、解ってる!」


 バフが切れる。

 だが、ATKはまだオーガの装甲を上回っている以上、手を止める必要はない。

 このままオーガが反撃してくる前に、倒し切るのだ。


 ――が、


『まずい』


 クロが、何かを察知した直後。


「――――――ッォァアアアアアア!!」


 オーガが反撃してくる。

 こちらがマウントを取った状態で、できる反撃。

 強引に振り払おうという魂胆だ。


 だが、今この瞬間にそれはまずい。

 バフが切れるこの一瞬は。

 打撃の威力が鈍る。


「っつ、ぉ!」


 思わぬ勢いに、俺はオーガから引き剥がされる。


 緩急だ。

 オーガは、俺の攻撃が緩む一瞬を狙っていた。

 その一瞬に全力を出すことで、俺の不意を突こうとしている。


 なんてこった、このレベルの魔物の本能は侮れない。

 俺の攻撃に定期的なバフがかかっていることを、奴は見抜いている。

 なら、当然俺が攻撃力を上げていることにも、何かしらのカラクリがあることくらいは解っているだろう。

 流石に、DEFを下げているところまでは見抜けないだろうが――


 どちらにせよ、この状況でオーガが攻撃してこないわけがない。

 倒れた状態でも、十分な威力を誇るだろう拳が俺を狙って放たれる。


 それを、俺は躱すことができない。

 DEFが1だとしたら、俺はこの一撃で紙くずのように消え去ってしまうだろう。


「ツ、ツムラさ――」


 背負っているヒーシャの声が、聞こえてくる。

 ああ、悪い。

 俺は――これでふっ飛ばされるだろう。


 そうして、オーガの拳は、俺に、



 突き刺さった。だが、



「!!」


 オーガの顔が驚愕で歪む。

 このタイミングで攻撃すれば、俺に攻撃が通ると確信していただろう。

 だが、そんなことはない。

 俺のDEFは元通り、バフ込で125を維持している。


 なにせ――


『成功した』

『ああ、三十秒も練習できればな』


 ATKのだから。

 サウンドのボリュームを0からMAXに何度も上げ下げするように。

 俺は揺り籠のATK上昇をスイッチさせていた。


 オーガにダメージを与えるを考えれば、拳が当たっている瞬間だけATKが高ければいいのだから。


 そして、俺はこの瞬間を待ってもいた。


「隙だらけだぞ、ダイヤモンドオーガ」


 反撃が失敗し、驚きで思考が停止した今!

 無理な態勢で拳を放ち、次の動きに移れない今!

 これまで散々、攻撃を叩き込み弱っている今!


「火よ! 全弾持っていけ!」


 俺は残った魔力で、火魔法を複数起動させる。


「ォオオオオオオオオッ――――!!」


 オーガの咆哮。

 展開された白熱の針。

 寸分違わず、俺のイメージどおりに奴の急所へ突き刺さったそれは――


 ダイヤモンドオーガの金剛石の如き装甲を突き破り、奴にとどめを刺した。

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