第63話
「揺り籠、イン」
フードから飛び出したクロが、俺の胸元に収まったペンダントへと入っていく。
不思議な光景だ。
ペンダントの前にクロが飛び込むと、光に包まれて中へ消えていく。
これまで散々見てきたけど、これもまたファンタジー。
『揺り籠の中、口に出さずに会話できる』
『便利だな、これでフードともお別れか』
『フード、楽しい。戦闘してない時、気分によって変える。残して』
『左様で』
軽口を交わしつつ、追いかけてきたダイヤモンドオーガに向き直る。
「これで、お前を追い詰めることができるぞ」
ダイヤモンドオーガは、止まることなく突っ込んでくる。
しかしこっちには妖精の揺り籠がある。
これを使えば、やつを倒せる。
まずは牽制だ。
今の俺のATKは135、ダイヤモンドオーガのDEFが60、半減率が四分の一だとして……
ダメージを通すのに必要なATKは105、DEFを55減少させて、240にする。
実際に60だとダメージは通らないが、もう少し低いとは思う。
なので、キリのいい数字にしておいた。
残りのDEFは70、オーガのATKはまだ不明だが、オーガのATKを上回るかどうかというギリギリの数字だろう。
若干恐怖を感じるが、それでも今はオーガに反撃を入れたい。
ここまでずっと千日手でフラストレーションが溜まってるんだ、少しくらいはいいだろう。
「火よ!」
使う魔術は言うまでもなく、火魔法。
DEFと一緒にMIDも下げ、MAGも240になっている。
放つのは――白熱の針!
迫るオーガへ放たれたそれは、寸分違わず奴の目を穿った。
オーガの頭が大きくのけぞり、動きが止まる。
「よし!」
――効いてる。
俺は続けざまに、火魔法を放とうとして―ー
『まって』
『クロ?』
『――効いてない』
……は?
一瞬、思考が停止する。
だが、よく見ればオーガは目を閉じている。
装甲を貫通するのであれば、その瞼は炎で焼ききれているはず。
なのに、やつは目を閉じたまま。
「……オイオイ、じゃあまさか」
オーガは、目を見開いて、こっちを見た。
傷は見受けられない。
「あいつ、軽減率四分の一以上かよ!」
『来る、避けて!』
「解ってる!」
クロはテレパシーで呼びかけているが、俺は普段の感覚で口から言葉を放つ。
慌てているな。
ともあれ、これでも攻撃が通らないなら、一時撤退するしかない。
俺はもう一度火魔法を放った。
ダメージはなくとも、ノックバックは有効だ。
のけぞったオーガの横をすり抜けて、その場を離脱した。
「ツムラさん!」
「レベッカさん」
入り口の転移魔法陣でレベッカさんたちと合流する。
「すいません、ツムラさん、ギルドに妖精の揺り籠の在庫は――」
「――ありました、妖精の揺り籠」
「!!」
どうやら、レベッカさんは不発だったらしい。
だが、問題ない。
俺はペンダントを掲げてみせた。
中からクロが姿を表し、それが本物であることを証明する。
「よかった……」
「あ、あの、ツムラしゃん! あ、アタシ!」
「ヒーシャは落ち着こう。……どうした?」
そしてヒーシャは、
「借りてきました、サーチハンド! ど、どうぞ!」
無事、目的のものを借りてこれたようだ。
目元が赤らんでいる、ドワーフ店主の元で何があったのか、それを見れば少し垣間見えるような気がした。
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