第56話

「……一旦回避に集中する!」

「う、うん」


 詰んでいる。

 俺だけでなく、ダイヤモンドオーガにとっても。

 ステータスを見た感じ、ダイヤモンドオーガの“呪い”は、ダメージを受けないと発生しないらしい。

 身体的不調も、精神的な違和感もない。

 至って快調。


 だからこそ思う。


「どうしろってんだよ、こいつ……!」


 ダイヤモンドオーガは、愚直にこちらへ棍棒を振り下ろしてくる。

 速度、威力、どれを取ってもこれまでの敵とは比べ物にならない代物で。

 本来なら、当たればひとたまりもないだろうことは想像に難くない。


 だが、俺にとってこれは、決着の付かない泥仕合を延々と長引かせる嫌がらせのような相手。


「ダイヤモンドオーガに、こっちの防御を突破する方法はあると思うか?」

「ない、と……思う。この世界の攻撃と防御ステータス……その差は、絶対」

「じゃあ、逆に」


 振り下ろした棍棒を、勢いよく飛んで避ける。

 スピードは、当然ながらこっちが上だ。

 その上で、俺の回避はだいぶ大味である。

 ――さっきの攻撃を受けたことで、俺自身が攻撃を恐れているのだろう。


「……俺たちが、あいつをどうにかする方法はあるか?」

「…………ない、今のところは」


 今のところは、というのには少し含みがありそうだが。

 まぁそうだろう。

 レベルを上げれば、俺は他人より数段早く強くなる。

 いずれ勝つことはできるはずだ。


 ……いずれ。


「一番確実なのは、ここの入り口に張り付いてバトルオーガを追っ払い続けることだろうな」


 バトルオーガ事態の経験値に旨味がなくても、そいつらが街の外に出るのを防ぐのは、経験値的にはかなり美味しいはずだ。

 一ヶ月もすれば、レベル30が見えてくるだろうか。

 だが、それはあまりにも現実的ではない。

 なにせ俺のレベルが5上がったところで、上がるステータスは25。


 仮にダイヤモンドオーガの装甲が俺の攻撃ステータスを四分の一にするとしたら。

 必要なステータスは、最低240程度になるはずだ。


「この調子だと、外から救援に来た冒険者でも、こいつを倒せるかどうか」

「……うん」


 ダイヤモンドオーガ、あまりに厄介な相手だ。

 ただ強いだけなら、大した問題はない。

 ATKがDEFを超えていればダメージが通るのだから、犠牲さえ度外視すればいずれ敵は倒れる。

 だが、奴はそうじゃない。


「せめて、その記録さえ残ってればな……こんだけ重要な情報だ、前回の出現時に記録事態は残しただろうに」

「数百年。一つの記録、残すのは難しい」

「……そうだな」


 この世界は転生者が定期的に現れるせいで忘れがちだが、文明レベルは中世風のそれだ。

 記録を残しておくことは難しい。

 ……誰かを責めることはできないだろう。


「そもそも、記録があったってどうこうできる相手でもないがな」

「そうだね」

「……一旦退くぞ、レベッカさんにこのことを報告しないと」


 相変わらずダイヤモンドオーガはこっちを執拗に狙ってくるが、逃げるだけなら問題ない。

 途中にバトルオーガがいるとしても、一人で逃げるなら逃げ切れる。


 現状に打開策はない。

 俺一人で、むやみに時間を消費するほうがまずいだろう。

 だから、俺は急ぎその場を離れるのだった。

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