第33話

 この世界の「タンク」とは、敵の攻撃を引き付けて味方を守る役目のことを指す。

 逆に、それ以外の防御的な行動は、おそらくアタッカーに分類されるだろう。

 回避とか……後はカウンターとかか。


 受付嬢さんは向いていると言ってくれたし、俺だってタンクはやってみたいとは思うけれど……

 それはあくまで、攻撃を引き付ける意思があって初めて成立するものだ。

 今の俺に、盾で攻撃を受け止める度胸はない。

 かといって、ヘイト管理のスキルを持たない以上、盾で攻撃を受け止める以外のタンクはできない。


 結局のところ、俺はまだ“敵”と“戦う”という行為に対してためらいがある。

 元一般人に、そんな覚悟を簡単に持てって方が、まぁ無茶だよな。


「魔物、あっち」

「わかった」


 魔物の敵意を察知できるクロに先導されて、森を歩く。

 しばらく進むと、目的の相手を見つけた。

 ゴブリンだ。


「少し黒いな」

「ボブゴブリン、普通のゴブリンより少し強い」

「具体的に」

「スライムと一角ウサギ」


 把握。

 まぁ誤差だな。


「ぎょぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 ちょっと鳴き声の発音が違う気がする。

 なるほどボブゴブリンだ。


「……ボブゴブリンが来る、どうするの?」

「まぁ、見てろって」


 そういって、俺は指を前にかざした。

 ……盾ではない。


「――水よ」


 使用したのは、水魔法だった。

 すると周囲に無数の水泡が浮かぶ。

 浮遊するように辺りを漂い、ボブゴブリンはそれを訝しみながらも突っ込んでくる。

 そして、水泡に触れると――



 水泡が勢いよく破裂し、ボブゴブリンを吹き飛ばした。



 パンッ、という軽快な音がする。

 ごろごろ転がったボブゴブリンに、俺は火魔法を放つ。

 直撃と共に、ボブゴブリンは消滅した。


「……つまり、どういうこと?」

「簡単だ。水魔法で、触ると水流でふっとばされる泡を周囲に浮かべたんだ」


 当然といえば当然だが、水魔法は戦闘に適した魔法ではない。

 だが、何事も使いようだ。

 他の魔法にない強みは、やはり水圧だろう。


 物理的に相手を吹き飛ばせるのだ。

 これが火魔法だと、攻撃には使えるが吹き飛ばすには圧力が足りない。

 吹き飛ばすイメージをもたせれば可能だけど、そんなことするくらいなら火力を上げて燃やした方がいい。


 そこで水魔法だ。

 水は破裂させれば水流で敵を押し流すイメージは作りやすい。


「というわけでこれが、俺の考えたタンク魔法だ」

「……タンク?」

「これなら、だろ?」

「詭弁……」


 まぁそういうなって。

 これのいいところは、魔法にもある程度対応力があるところ。

 この世界の属性魔法は地水火風が基本だが、このうち火は消せるし、他の魔法は勢いを受け止められる。

 そして、水泡は魔力で生み出しているから、弾けるとその魔力の流れを察知できるのだ。


 不意打ちにも強い。

 まさに、新しい「タンク」の形と言えるだろう。


「そうかな……」


 クロの、なにか釈然としないというつぶやきが、静かな森に響くのだった。

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