第30話

「いやあ、すごいもんを見た」

「ん、掘り出し物。20万でも安すぎる」


 多分、マギグローブじゃなかったら一つ桁が違ったんじゃないか?

 ともかく。

 俺は買い物を終えると、クロと一緒に宿へ向かっていた。


 途中、クロは少し市場を見たいというので寄り道をしつつ。

 立ち寄った屋台でたいやきらしきお菓子を買ってつまみつつ進んでいる。


 さっきの買い物もそうだが、クロは何かを探しているように見えた。

 聞くと「見つけてからのお楽しみ」というので、深く追求はしないが。


「ねぇツムラ、どうしてわたし、人間モード?」

「いいからいいから」


 と、不意にクロがそんな質問をしてくる。

 俺達はこれから宿を取るところだ。

 なのに自分が人間モードでいる意味がわからないのだろう。


 理由は単純。


「というわけで、部屋を二つ借りたいんだが」

「はい、かしこまりました」

「!?」


 宿で俺がそういうと、クロは飛び跳ねて驚いていた。

 耳と尻尾があれば思いっきりピン! となっていただろうし、妖精の状態でも翼がピンと立っていたはずだ。


「ツムラ、ツムラ、わたし、部屋いらない」

「妖精の状態で、荷物袋に入っていればいいからか?」


 ひそひそと言ってきたクロに、俺もひそひそと返す。

 宿屋のおばさんが変な目でこっちを見ている。


「それはダメだ、宿代をちょろまかすような真似はしたくない」

「だったら、わたし宿泊まらない、外で寝る」

「それもダメに決まってるだろ? いいか、聞いてくれ。これには理由が三つある」


 むぅ、となっているクロに、俺は説明する。


「一つ。さっきも言ったが、宿代をちょろまかしたくない」

「それは正しい。でも、妖精人じゃない。人のルールで生きてない」

「二つ、宿代を誠実に払うことを、女神様は評価してくれるはずだ」

「むぅ」


 ぶっちゃけ経験値になるかもしれないので、善行は積めるだけ積みたい。

 クロも、こう言われると弱いだろう。

 彼女だって、したくて宿代をちょろまかしたいわけではないのだ。

 俺の迷惑になりたくないから、やむなくそう提案しているだけで。

 なんなら、俺には内緒で律儀に夜は外で寝るつもりだったかもしれない。


「三つ目――」

「うう、三つ目?」

「――宿に出る料理を、クロと食べたい」


 なにせ、クロは料理を非常に美味しそうに食べるのだ。

 それを見ているとこっちも食欲が湧く。

 旅の道連れとして、クロはとても信頼できるパートナーなんだ。

 それを、外で野宿させたりしたくない。


 なんて思って、そういったんだが。



「ひゃえう!?」



 クロはなんだか知らんが、真っ赤になってしまった。

 ……そんなに小っ恥ずかしいことを言ったか? 俺は。

 なんか、おばさんの視線が更に冷たくなっている。

 い、いやこれはそういうつもりじゃ……


「じゃ、じゃあ部屋は一つ! わたしとツムラ、パートナー! 一つ、おかしくない!」

「待て待て、なぜそうなる! 確かに俺達は共に旅をしているが、流石にデリカシーというものがだな!」


 うおお、なんか変な方向に話が転がっているぞ!?

 やいのやいの、しばらく俺とクロは言い争いをした。


 が、結局。


「――部屋は一つでいいね。いちゃつきたいんならそこでやってくれ」


 ピシャリ。

 宿屋のおばさんが、鶴の一声でそう決めてしまうのだった。

 ……なんかすんません。

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