第23話 天才錬金術師、アニエス・メイリーフ

19.


 グラルドルフの街をシンシアと歩く。


 アニエスの錬金工房はうちの屋敷から離れたところにある。歩いて20分くらいだろうか。


 ウィルムスがこの街に潜伏していることもあり、周りの警戒は欠かせない。シンシアもいつも以上に集中している。


 なるべく目立たないように、人通りの多い道を選んでいるから見つかっていないと信じたい。


「……ここだな」


 街のはずれの路地裏にその工房はあった。ぱっと見は普通の家にしか見えない。看板もないから普通の人はここに入ろうとは思わないだろうな。


 コンコンコンコン。


 木製の扉をノックする。これが入店の合図だ。そう設定資料集に書いてあったはず。


 ――カチャリ。


 反応を待っていると、鍵が開く音がする。


「……入ろう」


「はい」


 俺は扉に手を掛け、ゆっくりと開く。

 ギィ、とイヤな音を立てて開いた扉の先には、未知の光景が広がっていた。


 所狭しと並んだ魔道具。よく見るものもあれば、まったく使い道の分からないようなものまで様々だ。中には禍々しい見た目のものまである。


「……誰かいませんか〜?」


「はいはい。アニエス・メイリーフの工房へようこ……そ……。あ、あの時の男の子!?!?」


「どうも。クロードです」


「わ、わわわ! なんでなんで!? もしかして私のことが忘れられなくなって逢いに来ちゃった!?」


「……わたしもいますが」


「げっ!? 【閃光の嵐】!? なんでここに!?」


「クロードの、ですから。変態女がいるところに一人で来させるわけないじゃないですか」


「だれが変態女よっ! あんたも同類でしょう!?」


 シンシアとアニエスの間にバチバチと火花が散っている。この二人は似たもの同士だけど、相性は最悪みたいだ。


「まぁまぁ、姉さん。今はそんな話をしてる場合じゃないでしょ?」


「はっ……! すみません……」


 とりあえず今にもアニエスに掴みかかろうとしているシンシアを宥める。俺がいなかったらどうなっていたんだ。


「アニエスさん。お願いがあるんですが」


「は、はい! なんでしょう! もしかして、どうて――」


「違います。……これなんですが」


 俺はアニエスの言葉を遮り、懐から【神聖結晶】を取り出す。錬金術師なら、これを見ただけでだいたいの事情は察することができるはず。


「これは、【神聖結晶】……! ということは、【魔封のアミュレット】、ですか?」


「そうです。これで作って欲しいんですけど、出来ますか?」


「はい! もちろん! 私にお任せください!」


 レアなアイテムを見て錬金術師としての血が騒いだのだろうか。アニエスの瞳がキラキラしている。やっぱり根っこは職人気質なんだな。


「それで、依頼料なんですけど……」


「あの時のお詫びも兼ねて、お金は要りません!」


 まぁ確かに、あれは犯罪スレスレの行為だったしな。お金は用意してきたけど、要らないならありがたい。


「では、よろしくお願いします」


「はい、お任せを! 明日には完成してると思いますので、同じ時間くらいにお越しください!」


 これで話は終わったかな?


 俺たちは【神聖結晶】をアニエスに渡し、店の外へ出る。一日で作ってくれるのはありがたいな。一刻も早くシエルの【魔紋】をどうにかしたいからな。


 ◇◇◇


 アニエスの工房からの帰り道。


 屋敷の近くまで来ると、またあの気配があった。ウィルムスだ。物陰から屋敷の様子を窺っている。


「またか……。どうする、姉さん?」


「流石に気になりますね……。こちらから仕掛けますか?」


「うーん……」


 シンシアのレベルを考えたら、多分勝てるとは思うんだけど……。街中で騒ぎを起こすのは気が進まない。


 でもこの状況が続くのも良くないよな。俺の理性もそろそろ限界だし。


「俺たちを監視してるのは間違いないよね」


「はい。私を狙ってるのなら問題ないのですが……。もしクロードやシエルを狙っているなら、見過ごせません」


「明日になったら【魔封のアミュレット】が完成するから、シエルのこともどうにかなると思うけど……。もし今日行動を起こされたら対処が難しいね」


 シンシアが2人いれば、俺とシエルの護衛が同時にできるんだけど、そんな美味い話はない。


「俺より、シエルの護衛を優先してもいいかもね」


「ですが……」


「俺たちがこの街にいない時から監視していたみたいだし、目的は多分シエルだと思う」


 グラルドルフに帰還した日には、もう俺たちの屋敷を監視していたことを考えると、狙いはシエルのはず。


 もしシエルを人質に取られるようなことになったら、だろう。


「今日だけ、シエルのことを守ってくれる?」


「……はい」


「なるべく俺も近くにいるようにするからさ」


 まだ納得のいっていないようすのシンシア。


「……もし俺が狙われてもある程度逃げたり戦ったりして時間を稼げる。でもシエルは戦えない。だから……ね?」


「……分かりました。クロードの言うようにします」

 

「……今夜だけだから。明日からはみんなで一緒に寝ればいいさ」


「そ、そうですね……!」


 ……ちょっと失言だったかもしれないけど、まぁ仕方ない。シエルともはやく仲良くなりたいしね。


 シンシアの機嫌? も取れたし、今日は早めに帰ろう。


 俺たちはウィルムスの監視を掻い潜るように、裏口から屋敷に戻ることにした。




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