第22話 理性との戦い


 目が覚めると、シンシアの心配そうな顔が目の前にあった。


「大丈夫ですか? 気分は悪くありませんか?」


 どれくらい気を失っていたんだろうか。すっかり窓の外は暗くなっていた。部屋の中も照明が消されていて、視界に映るのはシンシアの可愛い顔だけだ。


「ああ……もう大丈夫。ごめんね、姉さん」


 どうやら俺は自分のベッドに寝かされているらしい。風呂場で気を失ったはずだから、服はシンシアが着せてくれたんだろうか。……てことは、見られた?


「よかったです……。いきなり気を失ったから驚きました」


 シンシアはベッドサイドから心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。まぁ、だいたいあなたのせいなんですけどね?


「さて、クロードも目を覚ましましたし、寝ましょうか」


 そう言ってベッドに潜り込んでくる。シンシアはいつものパジャマではなく、気合が入った色気のあるネグリジェを着ている。どうやらお気に入りらしい。


 彼女の重みでベッドがギィと軋む。俺の部屋のベッドはセミダブルぐらいの広さしかない。二人で寝るにはやや狭い。


 そのまま距離を詰め、俺とピッタリと密着するくらいまで迫ってくる。というか、ほとんど抱きついているくらいだ。


 俺はまだ残る気だるさで、シンシアから逃げることができなかった。押しのけようにも、その薄着なパジャマに触れることができない。


「クロード……。スンスン」


 いつものように匂いを嗅がれる。鼻息が首元にかかるくすぐったさに耐えられず、身体がピクリと震えてしまう。その反応に気をよくしたのか、さらに鼻を近づけ、顎の下あたりを直接鼻が撫でる。


「はむはむ……」


 俺が嫌がらないと確信したシンシアは、その可憐な唇で首筋を甘噛みする。快感にも近い、ゾクゾクとした感覚が全身に駆け巡る。


 密着したシンシアの体温と、風呂上がりでも残る女性らしい匂いに、俺の頭はのぼせた時以上にクラクラとしてくる。昂ったシンシアからは、濃厚なフェロモンが出ているらしい。


 抵抗した方がいいんだろうけど、身体が金縛りにあったように動かない。目を閉じ、煩悩を消し去ろうとしても、暗闇から感じられるシンシアの柔らかさに目が冴えてくる。


「……ペロ」


 甘噛みに飽き足らず、シンシアはついにその暖かいザラザラとした舌で俺の鎖骨あたりを舐めてきた。遠慮がちな舌使い。しかし、だんだんと激しさを増してくる。


「……姉さん」


「……ペロ……。はい?」


「さすがにそれ以上はやめない?」


「す、すいません……!」


 俺がなんとか声を出すと、シンシアはハッとした様子で舐めるのをやめ、距離を離す。あ、危なかった……。


「疲れたし、もう寝よう? ね?」


「は、はい……。おやすみなさい、クロード」


「おやすみ、姉さん」


 ……ギリギリの戦いだった。【深淵の帰還者】と戦った時以上に疲れたよ。


 ◇◇◇


 次の日。

 無事? に寝ることができた俺はゆっくりと目を覚ます。隣には静かに寝息を立てるシンシア。まるでカップルの朝だな。


「……ん……。……クロード?」


 俺が起きあがろうとするとシンシアがむにゃむにゃと目を覚ます。意外と朝に弱いんだな。最強の、唯一の弱点かもしれない。


 しかし、このままゆっくり寝ているわけにもいかない。四天王のウィルムスの目的が分からないうちは常に警戒しないとな。


「姉さん、起きて。ウィルムスが近くにいるんだ」


「ふぁい」


 シンシアがゆっくりと起き上がり目を擦っている。いつもは凛としている彼女のふにゃふにゃな姿はすごく魅力的だった。

 

 俺は背中に視線を感じながらさっと着替えを済ます。はやくシエルに会いにいかないとな。


「姉さん! シエルのところに行くよ!」


「ふぁあい。いきましゅ」


 寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がるシンシア。寝ている間にパジャマが着崩れてしまったのか、下着が半分見えてしまっていた。


 そんなシンシアの痴態から目を逸らしつつ、俺は上着を手渡す。シンシアはまだ半分寝ているみたいで、フラフラしている。


「ほら、いくよ!」


「ふぁあい」


 ◇◇◇


 ようやく眠気から覚めたシンシアと一緒にシエルの住む別宅へ向かう。


 ノックをして部屋に入る。その部屋の中はいつも以上に散らかっていた。脱ぎ捨てられた服が足の踏み場をなくしている。


「シエル、戻ったよ」


「……うん。待ちくたびれた」


 そう言うシエルの顔は前に見た時よりやつれていた。目元のクマも濃い影を落としている。


「これから【魔紋】を抑えるアイテムを作ってもらいに行ってくるから、あとちょっとだけ待っていてくれ」


「そう……。ありがとう、兄さん」


 儚げに微笑むシエル。これから【魔紋】の暴走に怯えなくて済むことに安心したようだ。


 少し元気が出たみたいで良かった。アニエスに会うのはちょっと心配だけどシエルのためなら仕方ない。


 シンシアはシエルの頭を優しく撫でている。そのシンシアの瞳には優しい光が灯っていた。ずっとシエルのことを見てきた彼女は思うところがあるのだろう。


 俺たちはしばらく会話を交わした後、アニエスに会うために部屋を後にする。今日中に会えることができればいいんだけど。

 

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