第19話 【深淵の帰還者】


 シンシアの抱きつき攻撃を耐えること約5分。

 やっと満足してくれたシンシアが俺を解放してくれた。心なしかツヤツヤした顔をしている。


「……ふぅ。満足した?」


「はい! では、ドロップアイテムを確認しましょう」


「どれどれ……」


 どうやらレアドロップはなかったようで、リーパーがいたところには手のひらサイズの魔石だけが落ちていた。


「魔石だけか……。まぁ仕方ないな。メリア、どうぞ」


「えっ? ……くれるのか?」


「そういう約束だろ? 遠慮せずにもらってくれ」


「……ありがとう! これだけ大きな魔石ならそこそこのお金になりそうだな!」


 喜んでくれてよかった。メリアは魔石を受け取りバッグへとしまう。


 ……とりあえず中ボスは問題なく倒すことができた。


 リーパーを倒したことでレベルアップしたのか、なんとなく身体が軽い気がする。


「よし、この調子でどんどん行こう。あとはダンジョンボスだけだ」


「はい。油断せずに行きましょう」


 ……俺に抱きつきまくったことを忘れたのだろうか。まぁボス部屋はボスしか出てこないから安全ではあるけど。


 そうして俺たちはボス部屋を後にし、次の階層へ向かう。後半の階層からは敵の数が減る。その分、一体一体が中ボスくらいの強さを持っている。しかし、メリアの索敵能力があればなんてことはないだろう。


 少し雰囲気の変わった墓標のなかを慎重に進む。はっきりとは見えないが、至る所から強い気配を感じる。


「ここからはかなり慎重に行かないとやべーぞ……」


「だな。もし見つかっても俺たちがいるから安心してくれ」


「ああ。……そん時は頼む」


 メリアも緊張しているのか、いつもの元気がない。その分感覚が研ぎ澄まされているのか、的確に的の位置を割り出し、エンカウントを避けていく。


 そして、敵に見つかることなく進むこと約1時間。ついに俺たちは最終階層に到達した。


 最終階層はボス部屋しかない。階段をゆっくりと降りていくと、そこには禍々しい紋様の描かれた扉があった。


 このダンジョンのボス、【アビス・レヴァナント深淵の帰還者】。


 こいつは中ボスのリーパーと同じスキルを持つ。攻撃を一度回避するスキルだ。それに加え、高い魔法耐性と強力な闇魔法を使う強力なボスだ。


 ゲームでもしっかりと対策をしていかないとまず勝てない。しっかりと物理系のスキルを育てていないといけないからだ。


 普通のモンスターは魔法耐性が低く、魔法だけ覚えていれば苦戦することはないため、普通のプレイしているとこのダンジョンで初見殺しに会う。


 まぁ、攻略が難しいわりには大したものはドロップしない。だから大多数のプレイヤーはこのダンジョンを無視して進む。


 ――でも、俺とシエルには【破魔のアミュレット】が必要なのだ。一刻も早くこのアイテムを持ち帰らないと。


「……よし。姉さん、作戦を確認しておこう」


「はい」


「まず、姉さんが【風凪】で攻撃する。気付かれるギリギリから攻撃するからたぶん反撃はされないと思う。トドメは俺に任せて欲しい」


「分かりました。任せてください。クロードも気をつけて」


「ああ。もちろん油断はしない。あ、あとメリアはここで待っていてくれ。俺たちもメリアを庇いながら戦う余裕はないと思う」


「分かった。……ふたりとも気を付けてな」


 俺が扉に手をかけようとすると空いている手をシンシアが握ってくる。


 その柔らかい手のひらの体温に気持ちが落ち着いていく。自分でも気付かないうちに緊張していたようだ。


 シンシアに目を向けると目が合った。俺たちは言葉を交わさずお互いの絆を確認するように頷きあう。


 ――よし。俺たちなら必ず勝てる……!

 今までの努力は無駄にはしない。


 俺はその大きな扉を開ける。その先には黄昏の暗闇が広がっていた。薄暗く、じめりとした空気。それがまとわりつくようにあたりに満ちている。


 ゆっくりと歩みを進めると、禍々しいオーラを纏った死神が姿を現す。


 ……まだこちらに気付いていないようだ。今がチャンス。


「……姉さん」

「はい」


 小声で合図を出す。


 合図を聞いたシンシアは今まで抑えていた魔力を一瞬で練り上げ、駆け出す。


 一瞬で最高速度に乗って剣を振り上げる。


「――【一ノ型・風凪】!」


 もはや俺の魔眼でも動きを捉えきれないほどの速さで剣を薙ぐ。音すらも置き去りにする一閃は、寸前でボスのスキル、【透過】により回避される。


「――今ですっ、クロード!」


「ああ!」


 シンシアが攻撃している間に練り上げていた魔力を一気に解放し、全身に纏う。


 今までのシンシアの動きをトレースし、爆発的に強化された脚力で強く地面を蹴り出す。


 もう一度現れた【深淵の帰還者】。


 そいつを完全に視界に捉え、確実に仕留めるために全ての魔力を解放する。


「――【二ノ型・嵐花蓮舞】!!」


 嵐のような魔力の奔流と研ぎ澄まされた一閃は、【深淵の帰還者】を捉えた。高い魔力抵抗を貫通し、俺の切先がそいつの体に迫る。


「うおおおおおおおっ!」


 そのまま全身の力を使って剣を押し込む。魔力と魔力がぶつかり、火花にも似た閃光を散らす。


「グガアアアアアアッッ!」


 ねじ込んだ剣先が【深淵の帰還者】の体に触れると同時に、そのままその体を両断する。


 そうして、薄闇の中に光の粒子が舞う。


 ――俺たちの勝ちだ。 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る