第18話 デスリーパー



 ビッグボアを討伐してから、歩き続けること約半刻。


 メリアの索敵の甲斐もあり、特に問題なく俺たちは【破魔の森】の入り口へと到着した。


 鬱蒼とした森の中にあるそのダンジョンは、異様な雰囲気を放っている。ここにくる冒険者はほとんどいない。厄介なモンスターが多い割には、有用なアイテムごほとんどドロップしないからだ。


 特に厄介なのがアンデッド系のモンスター。魔法耐性が高く、物理攻撃で倒すしかない厄介なモンスターだ。


 女性冒険者は魔法が得意な人が多い。シンシアのように剣術を習得しているのは珍しいのだ。まぁ、魔力が高ければわざわざ危険を犯してモンスターに近づくのは避けたいよな。


「なかなか雰囲気があるダンジョンじゃねーか……」


「大丈夫ですよ。クロードとわたしがついていますから」


「別にビビってねーしっ」


 口では強がっているものの、その声は震えている。このダンジョンに出てくるモンスターの強さを知っているなら、入るのに躊躇うのは自然なことだ。


「よし、行こう。俺たちの力があれば、必ずこのダンジョンを攻略できるはずだ」


「はい。油断せずにいきましょう」


「おう! モンスターは全部俺が見つけてやるからな!」


 シンシアの言葉でいくらか緊張が解けたのか、メリアはさっきよりも落ち着いたようだ。


 ――俺たちは、気持ちを一つにして【破魔の森】へと足を踏み入れる。


 ◇◇◇


 ダンジョンに入ると、その異様さに気づく。

 なんの生命の気配も感じられないのに、なぜか強く重圧を感じる。それに、【破魔の森】というわりにはあまり森という感じでもない。どちからというと、草原に近いかもしれない。その中にポツポツと、墓標のようなものが不規則に配置されている。


 ゲームでプレイしていたときは何の感情もなく攻略していたただの寄り道ダンジョン。しかし、俺は不思議と高揚した気分になっていた。ここで、俺とシエルの破滅エンドを変えるアイテムが眠っているのだ。

 

「なかなか雰囲気があるダンジョンだな……。俺にはなにもいないようにしか感じないけど」


「いや、気をつけろ。奥の方からモンスターの気配がする。なるべく気配を消しながら進むぞ」


「はい。無駄な戦闘は避けましょう」


 俺には感じられないモンスターの気配を、メリアは感じとっているようだ。やはりメリアの能力は素晴らしい。


 俺たちはメリアの案内でダンジョン内をどんどんと進んでいく。墓標の間をすり抜け、モンスターとのエンカウントを避ける。


 たまに、スケルトンらしきモンスターがウロウロしているのが見えるが、視力がほとんどないようで、物音を消しながら進む俺たちに気付くことはなかった。


「よし、次の階層への階段だ。ひとまずここを降りたら休憩しよう」


 そんな調子で進んでいく。休暇を挟みながら、時間をかけて俺たちはついに第4層へとたどり着いた。


「ここの階層は避けて通れないモンスターがいる。俺と姉さんで倒すから、メリアは下がっていてくれ」


「……詳しいんだな、お前」


「ま、まぁな。ちょっと調べたことがあるんだ」


「ふぅん……」


 前世の記憶があるから知ってます、と言うわけにもいかないので適当に誤魔化す。


 シンシアは特に気にした様子もない。まぁ、シエルのために調べていたと思っているんだろう。


「よし、行こう。姉さん、準備はいい?」


「もちろんです。行きましょう」


 シンシアは気を研ぎ澄ましている。今のシンシアなら、どんなモンスターでも一撃で斬り捨てられそうだ。


 第4層にもなると、俺でも分かるようなモンスターの気配がいくつかある。エルダーリッチあたりだろうか。あいつはゲームでも苦戦させられた。


 そんな厄介なモンスターたちにエンカウントしないように、俺たちはさらに慎重に進んでいく。メリアも集中しているのか、耳と尻尾がピンと立っている。


 そのおかげか、俺たちはモンスターに出会うことなく中ボスのいる部屋までたどり着いた。


 ――【デスリーパー】。


 ここの中ボスの名前だ。こいつも例に漏れず、魔法に対する抵抗が高く、普通に戦うとかなりの苦戦を強いられることになる。


 しかし、物理に対する抵抗は並のモンスターと変わらない。俺とシンシアなら難なく倒すことができるだろう。


「二人とも、準備はいい?」

「はい」「おうっ!」


 二人の返事を聞いて、俺はその部屋の扉に手をかける。……俺も覚悟を決めないとな。


 目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。今から俺は命を賭けて戦うことになる。前世ではありえなかった状況だ。


 冷静さを失えば、命はないだろう。シンシアがいるとはいえ油断はできない。


 ……よし。覚悟は決まった。


 息を吐き、扉を開く。広い空間に薄暗い闇が広がっている。


「大丈夫ですよ、クロード。わたしがついてますからね」


 その異様な雰囲気に飲まれそうになった俺を安心させるように、シンシアが俺の肩に手を置く。


 冷たい暗闇に目を凝らす。魔眼のおかげか、うっすらとデスリーパーの存在を感じ取れる。もし覚悟を決めていなかったら、その威圧感に飲まれていたことだろう。


 集中して魔力を練る。俺の隣ではシンシアもその魔力をみなぎらせている。極限まで研ぎ澄まされた魔力は、魔眼を通さずとも見えるほどだ。


「もうすぐ先に強い気配がある。気をつけろ」


 デスリーパーの存在をいち早く感じとったメリアが俺たちに注意を促す。そろそろか。


 少しずつ歩みを進めるとデスリーパーの姿がはっきりと見えるようになった。まるで死神のような風貌。禍々しい大鎌を両手に抱え、俺たちの様子を窺っている。


 「……あいつは初撃を避ける特性がある。まず姉さんが攻撃して、その後の隙を俺が狩る」


「分かりました。準備はいいですか?」


「――うん。いつでもいける」


「では――」


 その言葉を残し、シンシアが駆け出す。魔力を巡らせた脚力はもはや突風のようだ。


「――【一ノ型・風凪】」


 目にも止まらぬ速さで薙がれた剣先がデスリーパーに迫る。


「……クロードッ!」


「――ああ!」


 その剣先を寸前で透過し、回避したデスリーパーが俺の数メートル先に現れる。

 

 ――この【透過】スキルは連続では使えない!


 ――今だッ!


 練り上げられた魔力を解放し、全身に纏う。

 強化された脚力で強く地面を蹴り出し、最高速度でデスリーパーに迫る。


 目標はスキルのクールタイムで動けない。隙だらけのその体に向かって、俺は剣を振り上げる。


 「――【二ノ型・嵐花蓮舞】!」


 シンシアを【模倣】した俺の動きは、確実に目標を捉えた。


 纏った魔力を全てぶつける。


 剣戟と同時に繰り出された膨大な魔力はデスリーパーの体を両断し、まるで残心のように気流を生み出す。


 光の粒子が巻き上げられ、暗闇の中に舞う様子は、まるで星空のようだ。


 ……。


 生み出された気流が落ち着くと、静寂が訪れる。


「よしッ!」


「やりましたね、クロード!」


 姉さんが俺に向かって飛びついてくる。油断していた俺はその勢いを受け止めきれず、倒れ込んでしまう。


「ちょ、姉さん! メリアもいるから!」


「……オレはなんも見てねーぜ」


「メリア!? 俺を見捨てないでくれ!」


 俺を強く抱きしめるシンシア。その力は痛すぎず、かといって抜け出せない絶妙な力加減だ。


 ……俺は抵抗を諦め、身を任せる。

 フンスフンスと鼻息を荒げながら俺の首筋に顔を埋めるシンシアなのであった。


 


──

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