第17話 最強の姉



「……どうしたの、そのパジャマ」


 いつものクールなイメージとは正反対の、薄ピンクの可愛らしいパジャマ。お風呂上がりの上気した顔と合わさって、かなりの破壊力がある。


 しかも、風呂上がりだから、下着を着けていないっぽいんだよな……。シンシアの豊満な胸がその存在を主張している。


「別に、普通ですけど」


「いやいや、普段はもっと落ち着いたパジャマだったよね?」


「クロード……そんなに私のことを見てくれていたんですね」


 見てはいたけど、たぶんそんなに見てなくても普通に気付くよ!? だっていつもと違いすぎるし!


 俺の言葉を聞いたシンシアはさらに機嫌が良くなって今にも抱きついてきそうだ。さすがに抱きつかれたら俺も我慢できる気がしない。


「……明日も早いし、寝ようか」


「……! はいっ!」


 思考を放棄し、ベッドへ向かう。一つしかないけど一応ダブルサイズだ。二人で寝るには充分な広さがある。


 シンシアはベッドに横になった俺をじっと見つめている。なにかを期待したような瞳。……気にしたら負けだ。


「……姉さん? 寝ないの?」


 ベッドサイドに突っ立ったままのシンシアに声をかける。寝てしまえばこっちのもんだ。


「は、はい。寝ましょうか」


 おずおずとベッドに入ってくるシンシア。その体重でベッドが沈み込み、軋んだ音を立てる。


 そのまま俺の方へ少しずつジリジリと近づいてくる気配。俺は窓側へ体を向けているから見えないけど、シンシアの吐息がその距離の近さを俺に伝えてくる。


「はぁ……はぁっ……」


 ……首筋に熱い吐息がかかり思わず反応してしまいそうになる。さすがに近すぎませんか?


 俺はさりげなくシンシアから離れるようにベッドのギリギリまで体を寄せる。

 体を離したらその距離を詰めるように近づいてくる熱い呼吸。シンシアの体温が間近に感じられ、俺の心拍数も上がっていく。


 心を無にし、寝ようと試みるけど……。寝たら寝たでなにをされるか分からない。シンシアが寝るまで我慢するしかないか……。


 じっと、動かず寝たふりを続ける。相変わらず呼吸がすぐ間近に感じられて落ち着かない。反応したら負けだ。シンシアを肉食獣だと思って息を潜める。


「スンスン……」


 首筋の匂いを嗅がれている気がする。……いや、嗅がれている。風呂上がりだからそんな匂いでも意味ないよ?


 ……夜は長い。明日のためにももう寝てしまった方がよさそうだ。さすがに寝込みを襲うほどシンシアのブラコンはヤバくないと思いたい。


 ――俺は考えるのをやめて目を閉じる。あとはシンシアの理性に任せよう。


 ◇◇◇


 翌日。

 心なしかツヤツヤしたシンシアと宿を出る。結局旅の疲れもあり、すぐに寝てしまったが何もなかったと信じたい。


「おーい! こっちだ!」


 メリアとの約束の場所へ行くと、ボロボロのリュックを背負ったメリアが大きく手を振って迎えてくれる。


「おはよう、メリア。早かったね」


「遅れるわけにはいかねーからな! それに朝は早い方なんだ」


「それでは早速出発しましょうか。ここから【破魔の森】までは歩きになりますから」


 目的地までは大体歩いて1時間くらいだ。森の中にあるダンジョンなので馬車などは使えない。今から出れば夕方には帰って来れるだろう。


「よーし! しゅっぱーつ!」


 昨日の涙が嘘のように元気なメリア。話を聞くと、孤児のみんなにすごく喜ばれたとのこと。よかった。


「……少し先に魔獣がいる」

 

 アーカニアの門を出て半刻ほど経ったときだった。メリアが耳と鼻をピクピクとさせながら言う。


 ちなみに、ダンジョンに出てくるのが魔物で、魔力を持って強化された獣が魔獣だ。この辺りだと、ビッグボアだろうか。


 なるべく無駄な戦闘は避けたいけど……。メリアにシンシアの強さを見てもらういい機会かもしれない。


「……一体だけ?」


「ああ。多分ビッグボアだと思う」


「そうか……。なら、討伐していこう」


「いいのか? ビッグボアっていったらそこそこ強いぞ?」


「大丈夫。姉さんは最強だからな」


「はい。任せてください」


 フンス、とシンシア。ビッグボア程度なら10体同時にかかってきても大丈夫だろう。


 俺たちは息を潜めながらターゲットへと近づく。100メートルほど進んだ先の茂みの中に、何か動くものが見えた。あれか。


 ビッグボアは体長3メートルくらいの巨大な猪型の魔獣だ。レベルはだいたい10前後。基本的に群れで行動することはないけど、まれに大群を成して村を襲うこともある。


 俺たちの存在に気付いたビッグボアがこちらを振り向く。その顔からは魔力によって大きく成長した牙が2本生えている。


「ひええ……! でっけぇ……」


 初めてビッグボアを見たのだろう、メリアがその大きさにたじろいでいる。


 その横でシンシアが目を閉じて集中している。呼吸を整え、魔力を練り上げているようだ。周りの空気がビリビリと振動している。とんでもない濃度の魔力だ。


 そのままビッグボアに剣先を向ける。この技は――!


「――【三ノ型・風迅穿牙フウジンセンガ】」


 極限まで練り上げられた魔力を纏ったシンシアの剣から繰り出される、音速を超えた突き。


 その突きと共に凝縮された魔力が剣先から迸る。


 全てを穿つ、魔力の奔流。


 それが一束のレーザーのようにビッグボアへ突き刺さる。気づけばその体には大きな穴が穿たれていた。


 魔力の奔流はビッグボアの体を貫通し、背後にあった木すらも数本貫通したようだ。


「……え?」


 そのまま地面に倒れ込んだビッグボアを見て、メリアがなにが起こったか分からないといった様子で呟く。


「クロード、見ましたか? これが【三ノ型・風迅穿牙】です」


「……なんとか視えたよ」


【魔眼】でもその動きを捉えるのはギリギリだった。メリアは何が起こったか分からないだろう。


 ……にしても、シンシアはやはりとんでもない強さだ。魔力を身体に纏わせるのも至難の業だというのに、それを武器に纏わせるなんて……。


「なんかよくわかんねーけどすげーっ! 今のはシンシアがやったのか!?」


「はい。上手く当たって良かったです」


 笑顔でシンシアがそう答えた。口ではそう言うが、その口調からは絶対に外さないという自信が垣間見える。

 

「マジかっ! めちゃくちゃつえーんだな!」


 憧れがこもった瞳でシンシアを見つめるメリア。その瞳はキラキラ輝いている。


「はい。私は最強ですので」


 改めてシンシアの強さを実感する。まるで底が見えないな……。


 ビッグボアの肉は食用肉として重宝される。でも今は先を急ぎたい。これがゲームならドロップしたってログが出るだけなんだけどな。残念ながらそんなことにはならない。


「……よし、先を急ごう」


「ええ。早く帰らないとシエルが心配です」


 ――俺たちはビッグボアの死体を無視し、【破魔の森】への道を急ぐのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る