第16話 シンシアの暴走
「いででで! はなせっ! この怪力おんな!」
「誰が怪力ですか! クロードの財布を返しなさい!」
「うるせぇ! 金持ちから金盗ってなにがわりーんだ!」
【魔眼】でシンシアの魔力の残滓を辿り、人にぶつからないよう全力で追いかけると、薄暗い路地裏でシンシアが物盗りの少女を羽交締めしていた。
「はぁ、はぁ……! やっと追いついた……!」
「クロード! 無事捕まえましたよ!」
「はーなーせーっ!」
「ね、姉さん! 話を聞いてあげよう! なんか事情があるかもしれないし!」
俺の言葉を聞いたシンシアが少し力を緩める。
それがチャンスだと思ったのか、少女は拘束から抜け出そうとさらにもがく。……が、シンシアの力の前では無意味だった。
「……わるかったよ。でも、これがないとみんなが……」
しばらくもがいた後、抵抗しても無駄だと思ったのか少女が口を開く。
「みんなって?」
「……スラムに住んでるオレみたいな孤児だよ。みんなまだ小さいからオレがやるしか……。ぐすっ」
ぐすぐすと泣き出してしまった少女に、シンシアは困った様子でこちらを見る。うーん……。
話をしようにも、とりあえず落ち着かせないと無理そうだ。
「分かった。……姉さん、離してあげて」
「ですが……」
「……姉さん?」
有無を言わさないように、強めに姉さんと呼ぶ。
シンシアはしぶしぶ少女の拘束を解く。
拘束が解かれた少女は逃げ出す様子もなく、その場でうずくまって涙を拭いている。とりあえず少し落ち着くまで待つしかないか。
やることもないので、俺はその少女を【魔眼】で
【名前】メリア
【種族】獣人
【年齢】16
【職業】無職
【レベル】1
【魔力】70
【固有スキル】危機察知 嗅覚 聴覚 視覚
【性癖】マーキング ???
……この子、獣人だったのか。暗いし、フードを深く被っているから気付かなかった。それに、このスキル……。
「……メリア」
「ぐすっ……。な、なんで? オレの名前……」
「とりあえず事情はわかった。それで提案なんだけど」
「な、なんだよ? 奴隷商に売りさばくのか……?」
「そんなことしないって。……もし良かったら、俺たちのダンジョン攻略に協力して欲しいんだ。君のスキルがあれば、攻略がかなり楽になる」
「ダンジョン……? オレが……?」
危機察知、嗅覚、聴覚、視覚……。持っているスキル全部が
もしメリアに協力してもらえたら、【破魔の森】の攻略がグンと楽になるはず。
ただ……。無理やりというわけにはいかない。もちろんメリアの意思を尊重したい。
「絶対、危険な目に遭わせないと約束する。なんせ、俺の
「クロード……! はい、私が絶対に守りますからね」
「それに、俺たちが欲しい素材は一つだけなんだ。ダンジョンでドロップした他のアイテムは全部メリアにあげるよ」
「……いいのか?」
「もちろん。とりあえずその財布の中のお金は前金として全部あげるからさ。孤児のみんなに食べ物とか買ってあげてよ」
「……あ、ありがと……。クロード、だっけ? オレでよければ協力するよ。いや、させてくれ」
やっと泣き止んだメリアは、決意のこもった瞳で俺を見つめる。心なしか顔が赤いのは気のせいかな?
……とりあえず、ジメジメした路地裏で話すのもアレなのでそろそろ移動したいな。通行人がたまに立ち止まってこちらを見ているし。
◇◇◇
俺たちはシンシアが事前に予約してくれていた宿へ向かう。
一度メリアとは別れ、明日合流することになった。孤児のみんなに食べ物を買いに行く必要もあるからね。
「ここです。……すいません、予約していたシンシアですが」
「ああ、シンシアさんですね。予約、承っております。一部屋でよろしかったですか?」
受付の女性が笑顔で応対してくれる。……ん? 一部屋?
「……姉さん? 一部屋ってどういうことかな?」
「はい? 一部屋でなにか問題でも? 姉弟なんですから別に普通では? クロードが意識しすぎているだけですよ。それに二部屋もとったら無駄じゃないですか」
そう早口でまくし立てるシンシア。俺の言葉は届かなかったようだ。……まぁ、いいか……?
ウキウキのシンシアとそのまま夕食を取る。どうやら夕食付きのプランだったらしい。
見たことのない食材をふんだんに使った料理はとても美味しかった……はず。
この後のことを考えると正直味なんてよく分からなかった。
「この部屋ですね。入りましょう」
今にもスキップをしだしそうなシンシアと予約していた部屋に入る。特に変わったところのない普通の部屋だ。……ベッドが一つしかないことを除けば。
「……姉さん? まさかダブルで予約した?」
……一応説明しておくと、ツインだと一部屋に二つのベッドがあって、ダブルだと一部屋に一つのベッドしかない。つまり、そういうことだ。
「ダブルの方が安かったんです。節約のためですよ?」
「……そんなに変わらないと思うんだけど」
そんな俺の言葉を無視して、シンシアはウキウキでベットメイキングを始める。
枕の位置を調整したり、布団のシワを伸ばしたり。せわしなく動き回っている。顔もニコニコで可愛い……けど! 我慢する俺の気持ちも知って欲しい!
「ささ、クロードは窓側の方がいいですかね? 侵入者が来た時対処しやすいですし」
「……俺、風呂に入ってくるね」
「そ、そうですか。では私も一緒に――」
「……姉さん?」
「――いきません。はい」
シンシアの暴走をひと睨みして止める。流石に風呂は落ち着いて一人で入りたい……。
◇◇◇
そして落ち着かない気分で風呂から出た俺を待ち受けていたのは――。
「それじゃ、寝ましょうか」
めちゃくちゃ気合の入ったパジャマに身を包んだシンシアの姿だった――。
――
シンシアの暴走が留まることを知らない!
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