第15話 交易都市アーカニア



【破魔の森】。

 ストーリーの進行には関係ないダンジョンだが、ここでしかドロップしないアイテムが多いため、【リバサガ】プレイヤーは一度は立ち寄るダンジョンだ。


 しかし、ここのダンジョンは少し特殊で……。


「ボスの【アビス・レヴィナント深淵からの帰還者】が厄介なんだよな……」


 そう、このボスは一人では特性を持っているのだ。

 だからシンシアだけではなく、俺自身も強くなる必要があった。


「クロード様? お気に召しませんでしたか?」


「ああ、いや、ちょっと考えごとをしてただけだよ」


 食事をしながら考え込んでいた俺を見た使用人のベルさんが、心配そうに声を掛ける。


「シエル様のことでしょうか」


「うん。……でも、俺が必ずなんとかするから安心して」


「……は、はい!」


 俺とシンシアが力を合わせたら、誰にも負けやしない。それがどんな強敵でも。


 ◇◇◇


 翌日。

 いつもの自主練と剣の稽古を終えた俺とシンシアは、シエルに会いに別宅へ向かう。


 シエルと会うのは2回目だ。少し緊張するな。


「また来たんだ……」


「ああ。……シエル、もう少しだけ待っててくれ。俺とお姉ちゃんが必ず助けるから」


「……そんなの信じらんない。いままでもたくさんお医者さんが来てくれたけど、みんな諦めたような顔で帰っていったもん」


「信じられないならそれでもいいんだ。ただ、絶対に諦めないでくれ」


 相変わらずシエルの顔色は蒼白で、まるで人形のようだ。隈もひどい。【魔紋】の暴走が怖くてあまり眠れていないんだろう。


「シエル。クロードとお姉ちゃんがいますからね。私たちは絶対にあなたを見捨てたりしませんから」


「……そう。なら、ちょっとだけ信じてあげる。お姉ちゃんに免じて、ね」


 いつもは氷のように冷たい表情をしているシエルが、初めて俺に笑顔を見せてくれた。その儚い笑顔を、絶対に守り抜くと心に誓う。


 ◇◇◇


 【破魔の森】へ行くためには、まずグラルドルフから隣の街、アーカニアへ行く必要がある。


 距離でいうとそこまで離れているわけではないが、歩いて行ける距離でもない。


 しっかり旅の準備をして、シンシアが手配してくれた馬車へ乗り込む。

 俺とシンシアの貸切なのでとても快適である。ありがとう、シンシア。


「……姉さん? なんか近くない?」


「そうですか? そんなことないと思いますけど」


「いや、せっかく貸切なんだから、隣じゃなくて向かいの席に座れば――」


「ささ、馬車は揺れますからね。私の膝枕でアーカニアまで寝ててもいいんですよ?」


「……うん」


 ……馬車を貸切にしたのは、もしかしたらこれがしたかっただけかもしれない。隣に座ったシンシアが膝をポンポンと叩きながら、期待に満ちた眼で俺を見つめている。


 そんな眼で見つめられたら断れないよ……。まぁ推しキャラのシンシアの膝枕は嬉しいんだけどね……。


 横になってシンシアの膝へ頭をそっと乗せる。相変わらずいい匂いがする。なんというか、落ち着く匂い?


「クロード……。私が守りますからね……」


 膝の柔らかさにウトウトとしていると、ポツリとシンシアがつぶやく。


 その優しい声を子守唄に、俺は眠りに落ちるのだった――。


 ◇◇◇


「……ロード。クロード、起きてください」


「んん……。姉さん……むにゃむにゃ」


「はわわっ! 寝ぼけたクロード、可愛すぎます……! ですが、ちゃんと起こさないと……!」


「あれ……。もう着いたんだ」


 目を開けると、今にもキスをしてしまいそうな距離にシンシアの顔があった。……なんか近くないですか?


「あ……。はい、無事に到着しましたよ」


 なぜか少し残念そうなシンシア。無事着けたのになんでそんな顔をしてるんだろう。


「んんーーっ! よし! 行こう、姉さん」


 シンシアの膝から起き上がり伸びをする。さらに残念そうな顔になるシンシア。

 

 どのくらい寝てたかはわからないけど、外はすっかり暗くなっていた。


 男だとバレないようにローブを深く被り、シンシアの手を取り馬車から降りる。


 そして、俺の目の前に飛び込んできたのは、夕暮れに街の明かりが浮かぶ、ファンタジー世界の喧騒だった。


 街ゆく人の群れと、そこかしこから聞こえる客引きの声。雑多な街並みに漂う異世界の匂いに、俺は圧倒される。


「おお……!」


 リバサガをやっていた時はただの街の一つでしかなかったアーカニア。そこにはたくさんの人が住んでいて、それぞれの生活を営んでいる。そんな当たり前のことに俺は改めて気付かされた。


「ここはいろんな街の中間地点にあるので、交易が盛んなんですよ」


「へぇ……。たしかに見たことない食べ物がいっぱいあるな」


「あ、ムルノー鳥の串焼きがありますよ。買っていきましょう」


 シンシアが近くの露店のお姉さんにムルノー鳥の串焼きを注文しにいく。こちらまで肉の焼けた匂いとタレの香ばしい香りが漂って、おもわずツバを飲み込む。


 すると、よそ見をしていた俺に一人の女の子がぶつかる。俺と同い年くらいだろうか? 顔はローブに隠れていてよく見えない。


「あ……ごめんなさい」


 男だとバレないようになるべく高い声を出す。意味はないかもしれないけど一応ね。


「……」


 その女の子は、そのままこちらを振り返りもせずにさっさと走り去ってしまった。


「なんだったんだ……?」


「クロード、お待たせしました! こっちの大きい方をあげちゃいます」


 美味しそうな串焼きを2本持ったシンシアが、満面の笑みで戻ってくる。


「あ、ありがとう……。美味しそうだね」


「……? どうしたんですか? なにか考え事ですか?」


「いや、さっき女の子とぶつかって――」


 ――ん? そういえば心なしかポケットが軽いような……。

 慌ててポケットに手を突っ込む。うん。……盗られた。


「まさか……! クロード、追いかけますよ!」


「え、ええ!? たいして入ってなかったから別に……」


「ダメです! クロードから物を盗るなど、許せませんっ!」


 魔力を足に集中させたシンシアが人混みを縫うように駆け出す。

 すれ違う人たちはみんな驚いた顔をして「なんだ? 突風か?」なんて言っている。あのスピードでぶつからないってどうなってるの?


「ちょ、ちょっと待って! この串焼きどうすんの!?」


 すでにシンシアの姿はほとんど見えなくなってしまった。


 ――完全に置いていかれた俺は、焼きたての串焼きを片手にシンシアの後を追いかけるのだった。

 

 

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