第8話 いざ、初ダンジョン



「あ゛ぁー……。生き返るぅ……」


 連日の訓練の疲れを風呂で癒しながらシエルについて考える。

 にしてもアルベイン家の風呂は広くて気持ちいいなぁ……。ちょっとした大浴場だ。10人くらいは入れそう。


「あのダンジョンに行くしかないよなぁ……」


 【魔紋】に関する知識はある。しかし、それを抑えるためのアイテムを手に入れるにはまだ俺の力が足りない。


 今更だけど、この世界には各地にダンジョンがある。そこに冒険者が潜り、日々レアなアイテムや強力な魔物の素材を手に入れるために奮闘しているのだ。


 そして、【魔封のアミュレット】。このアイテムがあればどうにかなるんだけど……。これを錬成するための素材は中盤以降に行くことになるダンジョン、【破魔の森】でしかドロップしないのだ。


 その素材さえ手に入れば、あとは……。の出番だ。

 彼女はああ見えて、なのである。

 

「姉さんには協力してもらうとして……」


「呼びましたか?」


「うわぁっ!?」


 風呂で一人ぼやいていると、浴場のドアがガラリと開く。そこからバスタオルを身体に巻いたシンシアが顔をのぞかせていた。


「ちょっと姉さん!? なにしてるの!?」


「……? なにって、一緒にお風呂に入るだけですよ? ……よいしょ」


 驚く俺を無視してシンシアが浴槽に入ってくる。

 湯気でよく見えないものの、うっすらと見えるシルエットでグラマラスな身体のラインが分かってしまう。


「……姉さん」


「はい?」


「この歳の姉弟は一緒にお風呂には入らないと思うんだけど?」


「そうなんですか? 知りませんでした」


 素知らぬ顔で答えるシンシア。知らないなら仕方ないかぁ……。


「……明日、訓練の成果を確かめるために【フォーグロウ洞穴】に行きたいんだけどさ、姉さんはどう思う?」


「【フォーグロウ洞穴】……ですか」


「そうそう。俺も少しは戦えるようになってきたからさ」


 【フォーグロウ洞穴】はグラルドルフ近郊にある初心者向けダンジョン。

 

 ここ数日のランニングと訓練で、足の強化と【一ノ型・風凪】は形になってきたしそろそろ実戦で試してみたい。


「……姉さん、俺が一人で行きたいって言ったらどうする?」


「そんなのもちろんダメに決まってます」


「ですよねー……」


 せっかくだし一人で行ってみたかったけど、この貞操逆転世界では無理そうだな。現実だとかよわい女の子が一人でダンジョンに行くようなものだしね。


「大丈夫です。私がついてますから」


「う、うん。ありがとう」


 ドヤ顔でシンシアが言う。胸を逸らすとその大きな胸が強調されるから目のやり場に困るな……。


 ――俺はそんなシンシアから目を逸らしながら風呂を楽しむのだった。


 ◇◇◇


 翌日。

 いつもよりさらに早めに起きてダンジョンへ向かう用意を整える。クローゼットに使われることなく眠っていたレザーアーマーがあったのでそれを身につける。


「おぉ……。いよいよゲーム世界にやってきたって感じだな」


 武器はシンシアに貸してもらうとして、盾は……。いらないかな? アルベイン家に伝わる剣術は、基本的に防御をしないしな。


『クロード? 起きてますか?』


 扉の外から声がかけられる。姉さんも早起きだなぁ。


 よーし、初の冒険だ。めちゃくちゃワクワクしてきた。こんなにワクワクするのはいつ以来だろう。

 

 ――ちなみに両親は家を空けているのでメイド長に許可を取った。「シンシア様が付いているなら大丈夫でしょう」とのことだ。なんせ最強だからな。


 ◇◇◇


【フォーグロウ洞穴】はグラルドルフから北に5kmほどの場所にある初心者用ダンジョン。


 5層からなり、出てくる魔物は少し鍛えた冒険者なら苦戦することはない。ヤバいトラップもないので、初心者パーティでも充分攻略は可能だ。


「ねえ。あれ見て」

「……え? 男?」

「なんで男がこんなところにいるのかしら」

「というか、その隣……。【閃光の嵐ライトニング・テンペスト】じゃない?」


 ダンジョンの入り口に到着し、初ダンジョンに感動していると周りの冒険者たちがザワザワし始めた。――もちろんみんな女性だ。

 まぁ男がダンジョンに潜るなんて、普通じゃあり得ないからな。


「あ、あの……」


「はい? なんですか?」


 ザワザワしていた中の一人の冒険者がシンシアに声をかける。ミディアムボブの金髪とクリクリとした瞳をした小柄な女の子だ。


 杖を持っているから魔法士かな。年齢は俺と同い年くらいっぽい。


「ふぁ、ファンなんです! 握手してもらっていいですか!」


「もちろんいいですよ」


「キャーーっ! ありがとうございますありがとうございます!」


 握手をして喜んでいるあたり、どうやらシンシアのファンみたいだ。こんなに有名人だとは思わなかったな。


「あの、こちらの男の子は……?」


弟のクロードです」


「お、弟……?」


 私の、というところを強調して俺のことを紹介するシンシア。


「はい。私のの弟です」


「へ、へぇ……。あの、クロードくん。フィオナです。よろしくね」


「あ……はい。よろしくお願いします」


 フィオナさんがおずおずと握手を求めてきたのでそれに応えると、それを見ていた冒険者たちから殺気が飛んでくる。


「おい、アイツ抜け駆けしやがった」

「許せないわ……」

「男と話すどころかボディタッチまで」

「くそ、ウチも行けばよかった」


 抜け駆けって。俺でよければいくらでも握手くらいしますよ?


 そんなフィオナをシンシアは真顔で見つめている。うっすらと怒りのオーラを感じるのはきっと気のせいだろう。


「それでは、私たちは急ぎますのでこれで」


「あ、うん。またね、フィオナさん」


「は、はい! またお会いしましょう、クロードくん!」


 会話を切り上げダンジョンへ向かう俺たち。あまりここで時間を使ってしまうとダンジョン攻略の時間がなくなってしまう。


「それではクロード、準備はいいですか?」


「うん。俺も強くなったことを姉さんに見せれるよう頑張るよ」


「頼もしいです。一緒に頑張りましょうね」


 シンシアが俺の緊張をほぐすように頭をポンポンと撫でてくれる。……ふぅ。気づかないうちに身体が強張っていたみたいだ。


 シンシアのおかげで緊張がほぐれた俺は、ついに異世界で初のダンジョンへと踏み入れる。小さな一歩だが、俺にとってはとても大きな一歩になるのだった。

 


──

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