第7話 シエルと【魔紋】


「クロード、可愛いです! よく似合っていますよ!」


「……あんまり嬉しくないなぁ」


 次の日。

 シンシアが選んでくれたシンプルな服を着た俺を、彼女はキラキラとした目で褒めてくれた。心なしか興奮している気がするが、見なかったことにしよう。


「ホントにバレない?」


「大丈夫です。帽子をかぶって髪型だけ隠せれば絶対にバレませんよ」


 うーん。めちゃくちゃ心配だ。バレたら俺の性癖が疑われるぞ……。


 ――しかし、そんな心配はまったく無意味だった。


 あっさりと別宅の玄関までたどり着くことができてしまったからだ。時折すれ違う使用人たちもまったく気に留める様子がなかった。大丈夫かな、この家。


「それでは入りましょうか」


「あ、うん」


 シンシアが別宅の扉を開く。本宅に比べるとこぢんまりとしているけど、中は整頓されていて住みやすそうな家だ。


「いつも私が掃除しているんです。他の使用人はあまりシエルと関わり合いたくないみたいで」


「そっか……」


 シエルはこのアルベイン家ではとして扱われている。


 【魔紋】持ちの人間は基本的に魔法を使うことができない。魔力のコントロールができないからだ。そのかわり、膨大な魔力を持つことが多い。


 その膨大な魔力が暴走すると、周囲に大きな被害をもたらす。そのため、シエルのように隔離されるのだ。


「シエル、私です。入りますよ?」


 シンシアが扉越しに話しかける。……反応がないな。


「シエル? 寝ているんですか?」


『……おきてる』


 鈴が鳴るような小さな声。シンシアはハキハキと喋るタイプだから真逆だな。


 シエルの声を聞いたシンシアが扉をゆっくりと開ける。俺は部屋の中を見て思わず「えっ?」と呟いてしまった。


 ――めちゃくちゃ散らかってるな……。脱ぎ散らかされた服や、よくわからないぬいぐるみ、大量の分厚い本。それらが足の踏み場もないくらいに散乱している。


「シエル、ダメじゃないですか。またこんなに散らかして」


「……べつにいーでしょ」


 シンシアが注意しているのを聞きながら、俺は口を尖らせ反論しているシエルのほうをよく見てみる。


 真冬の雪原のような白い髪。

 眠たげに開かれた瞳は、赤く輝きその存在を主張している。

 整った鼻筋と小さな口はまるで精巧に作られた人形のようだ。

 ……めちゃくちゃ可愛い。どうしてこんな魅力的な女の子を本編に登場させなかったのか疑問なレベルだ。

 

 ――そして、姉とは対照的に小さい。なにがとは言わないが。


「……だれ? また新しい使用人?」


 シンシアの後ろにいた俺の存在に気づいたシエル。その冷たい声からはまるで温度が感じられない。


「そうでした。……クロード、もういいですよ」


 俺は帽子を取り自己紹介をする。


「初めまして、シエル。兄のクロードです」


「……ヘンタイ?」


「いや! この格好には海より深い事情があって!」


「ふーん……。どうでもいいけど。よろしくね、


 ペコリと頭を下げるシエル。友好的なのは言葉だけで、実際はまったく興味がないような声色だった。


 ……まぁ何年も会っていない兄なんてそんなものだろう。

 特に俺とシエルは兄妹と言えるかどうか分からないくらい距離が離れていたからな……。


 ――とりあえず、魔眼でシエルをみる。


 【名前】シエル・アルベイン

 【種族】人間 女

 【年齢】12

 【職業】無職

 【レベル】2

 【魔力】128500

 【固有スキル】魔眼

 【状態】魔紋

 【性癖】甘えたがり ???


 

 ……すごい。想像以上だ。

 シエルの潜在能力はシンシアをも凌いでいる。魔力量にいたっては2倍以上の差がある。これが【魔紋】持ちか。


「ちょっと、なに勝手にるの」


「あ、ゴメン。つい癖で……」


「……やっぱりヘンタイじゃない」


 シエルの魔眼は、相手の魔力の動きを見切る。微小な魔力でもシエルにはすべてお見通しというわけだ。


「シエル、あまり兄さんを困らせてはいけませんよ」


「……わかった」


 小さく頷くシエル。シンシアには逆らえないみたいだ。


「シエル。今までごめん。これからは顔を見にくるね」


「……べつにいい。【魔紋】がいつ暴走するかわからないし」


「それなら大丈夫! 俺がなんとかする!」


「はぁ……? できるわけない」


 ありえない。そんな表情で俺をジッと見つめる。氷のように冷たいその視線に俺は思わずたじろいでしまう。


「シエル。クロードを困らせてはいけません」


「だって突然会いにきたと思ったら変なことを言い出すんだもん」


「変なことじゃない。【魔紋】のことなら俺に任せてよ」


 自信満々の俺を訝しげな顔で見つめるシエル。まぁ今まで会いにすら来なかった兄のことなんてすぐには信じられないよな。


「そんなの信じられるわけ……。……うっ……!」


「いけません! クロード、下がって!」


 シエルが頭を抑えながら呻く。すると、魔眼を通さずとも分かるくらいの魔力の奔流がシエルの身体を包んでいく。


 ――まずい。【魔紋】が暴走しかかっている!


「シエル、落ち着いてください! 姉さんがいますからね!」


「うぅっ……! はぁっ、はぁっ……」


 シンシアがシエルの身体を抱きしめ、頭を撫でる。泣きじゃくる子どもをあやすようなその抱擁は、慈愛に満ちた母親のようだった。


「んぅ…………」


「……落ち着いたようですね」


 シエルから溢れ出していた魔力が緩やかに落ち着いていく。そのまま糸が切れたように意識を失ってしまった。

 

 シンシアがホッと息をつく。【魔紋】がこんなに不安定なものだとは思わなかった。早くなんとかしてあげないと……。


 それに【魔紋】さえどうにかなれば、シエルの力は必ず役に立つ。この潜在魔力で魔法を極めれば、シンシアをも凌ぐ強さを手に入れるかもしれない。


 そして、それを俺は【】する。


 シンシアの剣術とシエルの魔法。この二つが組み合わされば、俺はになれるだろう。


「クロードに会えて気持ちが昂ってしまったのかもしれませんね。このまま寝かせておきましょう」


「シエル……。俺たちが絶対に助けるからな」


「はい。絶対に、助けますからね」


 苦しげに寝息を立てるシエルを見ながら、俺はそう心に誓うのだった。



──

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