第3話 隠された能力、【模倣】



 次の日。

 色々あった興奮のせいか、あまり寝付けずに朝早くに目が覚めてしまった。


 やることもないので、俺は屋敷の周りを走ることにした。動きやすい服装に着替え、外へ出る。


 俺の早起きになぜかメイドのベルさんが「えらいです!」と褒めてくれたけど……。これまでのクロードがどれだけ怠惰だったかよく分かるな。


 準備運動をしていると、屋敷の玄関からシンシアがこちらにやってくるのが見えた。


「おはよう、姉さん」


「おはようございます、クロード。……どうしたんですか、こんな朝早く」


「ちょっと走り込みでもしようかなって。自分の身を守るには体力が必要だからさ」


「……えらいです! クロード、よしよし」


 満面の笑みを浮かべながら近づいてきたシンシアが俺の頭を撫でる。推しキャラのヨシヨシは最高だな。


 せっかくなのでシンシアと走ろう。少し早めのペースで一緒に走りだす。


 そして数分後……。


「はぁっ、はぁっ……! っはぁ……」


「クロード、大丈夫ですか? 無理をしてはいけませんよ?」


「ま、まだまだ……っ!」


 ――息を切らしながらヘロヘロになっている俺と、汗ひとつ流さず、息すら上がっていないシンシアの姿がそこにあった。


 だらけた生活を送っていたクロードは、全くと言っていいほど体力がなかったのだ。対するシンシアの体力は無限かと思えるくらいだ。


「ちょ、ちょっと休憩……」


 限界を迎えた俺は、汗だくになりながら座り込む。クロード、もっと鍛えておいてくれよ……。


「大丈夫ですか? お姉ちゃんに甘えますか?」


 ジリジリと近づいてくるシンシア。表情が完全にお姉ちゃんモードになってしまっている。


「だ、大丈夫……! ありがとう、姉さん」


「そうですか……」


 遠慮するとシンシアはシュン、としてしまう。流石に汗だくだしあまり近づくのも気が引けるからね。


「そ、そうだ姉さん! あとで剣の稽古に付き合ってほしいんだけど!」


「は、はい! もちろんです!」


 断るだけだと可哀想だったのでそう提案すると、シンシアの顔がパァッと明るくなった。やっぱり笑顔の方が似合ってる。


 ◇◇◇


「それでは見ていてください」


 シンシアが剣を構え、目を閉じる。集中するときの姉さんのクセだ。


「――【一ノ型・風凪カゼナギ】」


 掛け声が聞こえたと同時に、シンシアが凪いだ剣が試し切り用の巻き藁を真っ二つに斬り裂く。あまりの速さに何が起こったのか殆ど視界に捉えることができなかった。


 ――美しい。


 クロードの記憶の中にもシンシアの剣の凄さの記憶はあったのだが、実際に見るのとでは大違いだった。

 ……あまりに動きに無駄がなさすぎる。究極まで洗練されたシンシアの剣技はまさに芸術だ。


 ――思わず鳥肌が立つ。俺もこの剣を極めたい。


「……すごい! 姉さんかっこいい!」


「そ、そうですか……? ふふっ、照れちゃいます」


 俺がそう褒めると、さっきまでのカッコイイ表情を崩し、ふわりと笑う。どっちのシンシアも最高に可愛い。


「それでは教えますね。まず基本の構えはこうです」


 シンシアが両手で剣を握り、正面に構える。いわゆる正眼の構えだ。


「こう?」


 見よう見まねで構えてみる。……が、剣の重みでなかなかキレイに構えることができない。本物の剣ってこんなに重いのか……。


「違います。こうです」

「うわっ!?」


 俺が剣の重みと格闘していると、シンシアが俺の後ろから抱きつく形で腕を支えてくれる。彼女のその豊満な胸が押しつけられる感覚が背中に走る。


「しっかりお腹に力を入れて」

「は、はい」


 シンシアの手が俺のお腹を撫でる。心なしか触りかたがいやらしい気がする。普段感じたことのない気持ちよさで思わず身体がビクッと反応してしまう。


 ……集中、集中……!


「肩は脱力してください。動きが硬くなります」

「……こ、こう?」

「そうです。そして脇は締めて」

「ひゃいっ!?」


 脇をサワサワされて思わず声が出てしまう。耐えろ、俺……!


「腕は剣を持つというイメージではなく、己の意志でコントロールする意識で持ってください。剣を身体の一部と考えるんです」


 シンシアの手が俺の手を優しく包む。指と指を絡ませてきているのは気のせいだと思おう。……あくまで指導だよね?


「……クンクン」


「姉さん!? 汗臭いから!」


 ついには首筋に顔を埋めクンクンしてきた。めちゃくちゃこそばゆい。弱い刺激。だけどシンシアに匂いを嗅がれている興奮で感覚が鋭くなってしまう。


「……なにがですか? ほらちゃんと集中してください。構えが崩れていますよ」


 集中が完全に途切れた俺は、シンシアから離れようとする。しかしそれを察したシンシアは、より拘束を強めてきた。


 推しキャラに抱きつかれて悪い気はしないんだけど……。このままだと訓練にならない。


「姉さん! いい加減にして!」


「……はっ! ご、ごめんなさい」


 強めに注意すると、やっと身体を離してくれる。……ふぅ。そろそろ理性の限界だったよ。


 その後。シンシアはやりすぎたと反省したのか、真面目に? 訓練をつけてくれた。


 まず、姉さんが見本を見せる。その型を俺は【魔眼】を通して見つめている。


 ――クロードの魔眼の。それは【模倣】。


 動きの力の流れや魔力の流れを分析し、コピーする。シンシアの魔眼の能力と少し似ているが、俺の魔眼はより詳しい情報を得ることができるのだ。


 しかし、100パーセント再現することはできない。せいぜい50パーセントが限界だ。


 だが、シンシアのレベルの剣技であれば、50パーセントもコピーできれば充分通用するだろう。


 俺に見つめられているからか、シンシアの剣舞はいつもより気合が入っている気がする。見たことない技もいくつかあった。


 全てをコピーするには魔力が足りない。とりあえず基本の型【一ノ型・風凪カゼナギ】からにしよう。


 シンシアに、風凪だけを見せてもらう。最初はゆっくりと、そして徐々に本来のスピードで。


 ……なるほど。10回ほど見たことで、どういう動きかはだいたい掴めた。


 初めは魔力で強化した身体から繰り出すスピードと、鋭い横凪を組み合わせただけの技かと思っていた。しかし、どうやらこの技の本質は別にある。


 この技は、独立した技ではなくと組み合わせることを前提とした技なのだ。


 この技は始動技に過ぎないんだろう。それも、技だ。


 スピードに反応されたら回避ことができる。反応できないならそれでよし。防御をされてもいい。


 回避されたなら、その回避の仕方で次の型に繋げるのだろう。


 なぜか。それはどのパターンでもすぐさま次の動きに移れるような身体の使い方をしているからだ。


 シンシアが凪いだあとの動きを見ていると、相手の回避行動を想定していることに気付くことができた。


 一撃必殺ではなく、。これがアルベイン家に伝わる奥義か。

 

 ……よし。ある程度イメージが出来てきた。試しにやってみよう。俺は目を閉じ魔力を足に集中させる。


「……ハァッ!」


 ――俺が振り抜いた剣は、的を綺麗に真っ二つにした。


「すごいです、クロード! もうそこまでできるようになったんですね!」


 シンシアは褒めてくれたけど、俺とシンシアでは天と地の差がある。動きはかなりトレースできたけど、身体がついてきていないみたいだ……。これはまず身体を鍛えるところから始めないとな。


 ◇◇◇


 それから俺は毎日の日課として、10kmのランニングを始めることにした。慣れてきたら少しずつ距離を伸ばしていくつもりだ。


 ついでに、走りながら魔力のコントロールの練習をする。男の中では高い魔力があるとはいえ、練習するに越したことはないからな。


 まずは足の強化を練習する。シンシアの剣技は足捌きとスピードが重要だと気付いたからだ。


 足を強化しながらのランニングはかなりの集中力が必要になる。最初はかなり苦戦したが、数日もすると強化したまま走り切ることができるようになってきた。 


 ――地道な努力だけど、破滅ルートを回避するには力がいる。もっと強くならないと。


「クロード、えらいです。よしよし」


 走り終わったらシンシアのご褒美がある。よしよしからのクンクンコンボだ。


 ……初めは戸惑ったけど、今ではされるがままにしている。推しキャラからのご褒美だと思おう。



──

貞操逆転要素は次の話あたりから出てくると思うので少々お待ちを!

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