【姉児相】1話 序章


たいがいの出来事は、幸福と不幸が交互に訪れ、幸福も不幸もどちらかが続くことはない。

不幸が訪れても、明けない夜は無いと言われるのだ。


でもそれは本当にそうなのか?

日々幸福と不幸の順番を数えている人はいるのだろうか?


そして、叔母の私からみる甥っ子は、無限に続く不幸の日々に思えるのだ。

しかし甥っ子は、不幸を不幸と思っていないとも感じる。

幸福と不幸の落差を知らないかもしれないから。



甥っ子がするりと安産で生まれて一ヶ月後、私は人間ジャングルの東京から帰ってきた。

二十数年生きてきて、初めて赤ん坊を腕に抱えた瞬間のことは、今でも覚えている。


私は、赤ん坊なんてグラムと言うものだから、大きな布に包まれた甥っ子をぬいぐるみ感覚で腕へとおろしてもらった。

その数秒後に気づいた。二千いくらグラムと聞いていた甥っ子はしっかりと重みがあり、私は自然と腕に力が入る。

次第に骨格を感じ、体温に気付き、ぎこちない手の添え方で必死に落とすまいと、二の腕だけでなく普段隠れている腹筋にも力が入る。


私はこの瞬間から『抱きしめ癖』が芽生えたのだ。と言うのも、それはただの『ハグ魔』だ。

甥っ子に会う度、隙を見つけては抱きしめ、嫌がられるまで抱きしめる。柔らかい肉感を感じつつも、どこかぬいぐるみを抱きしめるように、私の両腕の中へ甥っ子を収める。

私のこの癖は、のちに姉から「変態叔母さん」と呼ばれるのだ。この時代に似つかわぬ言葉で表現すると、本当に女に生まれていて良かった。



いやちょっと待てよ妹さん、あんた子供嫌いと発言していたが、あれは嘘だったのかい?


いえいえ、嘘ではございません。

甥っ子は、頬は小さく赤らみは無い。人中の溝は薄く、髪の毛は漆黒ではあるものの、毛量はこの時点では少ない。可愛げはというと・・・まぁ、まだ判断はできないからセーフとする。


甥っ子は、私の『生理的に無理』な条件へ、見事に当てはまらなかったのだ。



こうして、昨日まで人間ジャングルの東京で、赤ん坊と無縁の生活をしていた私が、24時間共に過ごす生活を、この後約一ヶ月半も続けるとは、さすがに思ってもみなかった。


ちなみに今回も序章であるが故、タイトルの真髄に触れるところまでかき進めることはできなかったが、それには理由がある。

今や甥っ子は6歳半だ。初めて甥っ子を抱いた記憶なんて、押し入れ何十枚分かの奥にしまい込んでしまっていた。

思い出しながらかき進んでいるうちに、あまりの懐かしさと愛おしさで、ついついかき走ってしまった。


そして肝心な姉はというと、この頃は大人しかった。

まだ甥っ子に自分の意思というものがない、この赤ん坊期は、姉はモンスターではなかった。


しかしいずれ芽生えゆく意思や自我。

一人の人間として生きていくには必要不可欠である。

今や甥っ子は何をするにも姉の『GOサイン』を伺っている。


この時の私は、本当に名前ばかりの叔母であり、甥っ子の可愛い部分しか見えていなかったのだ。




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