承:津嶋仁輔(無心なドラキュラのすがた)
そして当日の夕方、あたしは結華梨の実家を訪れた。一軒家、広々として良いなあ……
出迎えてくれたのは結華梨と、先に来ていた仁輔。久しぶりのカップル再会なので便宜を図ってあげたのだ、つまりもう事後の可能性もあるっちゃある――いやさすがにないか? 男女の行為のタイム感は未知である。
「義花ようこそ~」
「おう」
「おひさ、お邪魔します……新婚感がすごいぞ君ら、シチュ的にもムード的にも」
「久しぶりなんだもんベタベタしたいもん……ところで義花」
「なんだいミユカ」
「10月末のイベントといえば~?」
ハロウィン、なんだろうけど。
「ああ、ケルト的にはサウィンだね」
「……はい?」
「古代ケルトだと11月から一年が始まるんだよね、だからその節目に収穫祭を」
「結華梨、こいつハロウィンの由来の話してるわ」
さすが仁輔、あたしの癖がよく掴めている。
「ああ……いやハロウィンって答えればいいじゃん普通に!」
無駄に知識の深いボケ、拾ってくれる人がたまにいるのでついやってしまう。パパとか、パパの部下の
「そしてミユカは次に『ってわけで義花、トリックオアトリート!』と言う」
「ってわけで義花、トリックオアトリート……はっ!?」
「ナイスリアクション、はいこれ家にお邪魔するお礼。ご家族と召し上がって」
「ああ、ありがとうございますご丁寧に」
「なのでトリックはご勘弁を」
「いやするんだけどね」
「一体何が始まるんだ……」
リビングに入ると、ハロウィン的なアイテムがそこかしこに。ドンキとかで売ってそうなジャック・オ・ランタンと目が合う、どうもヒホ。
「夕飯のメインはピザとパンプキンパイなんだっけ?」
あたしの確認、この辺は事前に話し合っていた。
「そうそう、ピザは18時に来るし、パイとお酒はさっき仁くんと買ってきたよ」
「結華梨もサラダ作ってくれてるぞ、見た目もすごい綺麗だから期待しとけ」
「えへへ」
「いちいちデレんといてくれ君ら……会費、これで足りる?」
「ん、ちょっと多い」
「手間賃でもらっといてくれ」
「じゃあ遠慮なく、ありがとね」
とはいえ呼ばれた時間がやけに早いし、肌寒い季節とはいえ暖房の温度が高いな……と思っているうちに、結華梨は「ちょっと待ってて」と二階の自室へ駆けていき。
「はい、じゃ~ん!」
戻ってきたミユカが見せつけてきたのは、こちらもドンキとかで売ってそうな仮装セットである。ドラキュラと魔女の。
「ああ……コスしてハロウィンパーティーしようって趣旨?」
あたしが問うと、ミユカはニッコリとサムズアップ。
「そうそう。仁くんがドラキュラで義花は魔女」
「ミユカは?」
「もう用意してるんだ、とっておきのを」
そういえば今日のミユカ、首から上は気合いが入ってるにしては、なんだか地味な服装である。着替えてからが本番、ということだろう。
「……俺がこれ着るの?」
仁輔は顔が引きつっている、彼氏も知らされてなかったのか。柔道で育って自衛官を目指すこの堅物男にとって、仮装なんて苦手の極致である。もちろん、結華梨だってそれを把握している。
「うん、仁くんはこういうのすごく恥ずかしいって人だよね、知ってるよ」
「だったら」
「だから着てほしいの、恥ずかしがってる可愛い仁くんをいっぱい観たいの」
天使のような顔と声で悪魔のような理屈を並べる結華梨ちゃんである。愛しの彼女に上目遣いでねだられた仁輔は、助けを求めるようにあたしを見る。
「おい義花、俺がこういうのやると事故るって知ってるだろ、止めてくれ」
「……仁よ」
「おう」
「ミユカの願いを叶えてあげてって、あたしは常々言ってるよね」
「……おう」
「やれ」
「……っす」
「返事は」
「レンジャー!!」
ガチのレンジャー隊員に聞かれたら張り倒されそうな引用だが、ともかく仁輔の覚悟は固まったらしい。
「じゃあ結華梨は二階で仁くん改造してくるね!! 義花は着替えといて、メイクで必要なのあったら言って」
「はいはい……改造?」
結華梨に手を引かれて虚無の表情で連行されていく仁輔を見送る。たぶん着替えだけじゃなくて顔もいじられるんだろう。
ひとまずあたしは脱衣所で魔女ルックに着替える。オレンジのワンピースに黒のマントと三角帽という定番セットである、膝上スカートなんて五億年ぶりだよ。
「うわあ、予算のないパロディ系実写って感じ……」
ここでこだわっても仕方ないが、さすがに何かテコ入れしたいと思って二階へ。結華梨の部屋をノック。
「もしもしミユカさんや」
「はーい?」
「紫系で攻めたい、リップとかある?」
「あるよ……そうだ、この辺も使ってみれば?」
ドアが開いてコスメ類を受け取る――が、ちらっと目に入った仁輔の横顔が。
「えっと仁は何を」
「はいネタバレ厳禁! 後でね!」
すぐに追い出されてしまったが、仁輔の顔がずいぶんと……こう、白くなっていた気がした。これは長期戦だな……と思いつつコスプレの仕上げにかかる。髪と目元と唇にパープルをチャージ、なるほどちょっとはそれっぽくなってきた。ご長寿魔法少女アニメ『キュアメディック』では歴代の紫担当を推しがちなのでね。
「ミユカ、あとどれくらい?」
「もう……30分ちょいかな。暇だったらテレビで何か観てて、サブスク一通り入ってるし」
お言葉に甘えてキュアメディック過去作のお気に入りを観ることにする。思ったよりも台詞が頭に入っており、こんな格好もしているので。
「ならばここで解き放つとしよう、古より連綿と受け継がれし聖なる乙女たちの祈りの結晶――」
楽しい!! 魔女コスで魔法少女アニメ観るの楽しい!! なりきりたがる子供の気持ち久しぶりに思い出した!!
「ふふっ、君を守るためだったら何の苦労でもないよ……はあ~~てえてえ~~!!」
……などと魔法少女百合にはしゃいでいるうちに。
「は~い見て見て義花! ハロウィン仁くん完成!」
「……ほ、ほーう?」
やはり首から上が激変していた。日々の野外訓練でこんがりと焼けた肌は綺麗な白に染まっており、目元にはくるんとした睫毛や紅のラインが覗く。
「ビックリした、ファンタジー衣装によく合う顔になってる」
「でしょ? 格好いいんだよ仁くん!」
「……なら良いけど」
仁輔の顔は固まっている、本人にとっては違和感の塊らしい……まあ似合うかと言われると微妙なんだよな。質実剛健が軸の強面男だし、
再びミユカは部屋に引っ込んでいったので、あたしは仁輔との共通言語を持ち出す。
「今の仁あれだよ、特撮の敵幹部にいそう」
「ああ……美意識が強いタイプの貴族キャラ」
「そう、一部ではヒーロー側より人気出ちゃう奴よ」
などと話しているうち、事件は起こる。
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