第20話 奪われた石
灯指に言われて初めて、石を持っていないことに気づいたサヤカ。真っ赤だったはずの顔が、さーっと青ざめていった。
「でっ……、でも、わたし、ずっと持ってた! なくすはずないのに……!」
サヤカはずっと衾にくるまり、じっとしていた。――そう、微動だにしていない彼女が石を紛失するなど、おかしな話なのである。
「うん、そうみたいだね」
灯指はすぐに、サヤカが嘘を吐いていないと分かった。他心通により、その気になれば他者の思考を筒抜けに出来るからである。
「でも、一体どうして……」
原因を探り始めて、灯指はすぐに答えにたどり着いた。
(――あの老婆か!!)
◇ ◇ ◇
「ふぇっふぇっふぇ。姫は残念じゃったが、豊作じゃったのぉ」
辺りは暗闇に包まれていたが、石から発せられる光によって、道を辿ることができていた。
「ったく、なぁにが豊作だ。こちとら雑兵全滅だぞ。そのうえ姫の疑似餌無しで、これからどうやって盗みをするってんだよ」
大きな袋を担ぎながら、多襄丸がぼやく。袋の中には、サヤカの服や重太丸の甲冑が入っている。
「ふぇっふぇっふぇ。2つめの魔除けの石と、それと同等であろう石が手に入ったことじゃし、犠牲を払った価値はあったじゃろ。まぁ、姫が消えたと知れば、
砂金──自分たちのリーダーである女の名前を出され、多襄丸は心底嫌そうな顔になった。
「あ"ー、帰りたくねぇ。絶対詰められる」
「大変じゃのう。まあ、ワシは大手柄じゃから関係ないがの!」
ふぇっふぇっふぇ。と独特な笑い声を上げると、老婆は闇に紛れるように消えてしまった。
「ったく、相変わらず薄気味悪ぃババアだ」
気づけば仲間になっていた老婆。全てが謎に包まれており、名前や経歴などは一切不明。多襄丸が知っているのは、羅生門で砂金と出会い、そのまま仲間になったということだけだ。
老婆は、人の不安や恐怖を漠然と煽る得体の知れない能力を有しており、そのためなら何処へでも姿を現し、忽然と姿を消すことも可能だという。何なら、自身の姿もある程度調整できるようで、豆粒のように小さくなることもできれば、多襄丸の背丈ほど大柄になることもできるらしい。
「――って、あのババア! 俺のこと置いていきやがった!!」
光源を持っていたのは老婆。それがいなくなってしまえば、暗闇の中を歩くも同然。多襄丸は高い身体能力を持っているとはいえ、夜目が効くほど獣じみてはいない。
「……っちくしょう!!」
多襄丸は悪態を吐くと、どかっとその場に座り込んだ。そうして、じっと朝が来るのを待つことにするのだった――。
――場所は変わり、壮大な館のとある部屋にて。
「はぁ……ん♡」
暗闇の中で、艶めかしい声が響いている。1人の美しい女が、男に跨り腰を振っていた。
「戻ったぞぇ。砂金や」
「ひぃいいっ!?」
女――砂金の目の前に、ぼうっと老婆の顔が浮かび上がる。あまりに唐突な怪奇現象に、砂金は青ざめた顔で腰を抜かした。
「驚いたぁ……」
「ふぇっふぇっふぇ。やはり人間の恐怖する顔は良いのぉ」
胸に手を当てて息を整える砂金に、老婆は満足そうに笑った。砂金はむっと頬を膨らませると、乱れた服を直し始めた。
「もう、悪趣味だわ! 心臓飛び出るかと思ったじゃない!」
「ふぇっふぇっふぇ。さぁて、どちらが悪趣味かのぅ?」
老婆が床に転がる男に目を向ける。男の目に光は宿っておらず、既に亡き者となっていた。物言わぬ骸と化した男の名は――
「だって。『死』が間近にないと、興奮できなくなってしまったんだもの。普通の男じゃ満足できないわ」
「まったく、難儀なことよ……」
ふぇっふぇっふぇ。と不気味に笑うと、老婆は手に持った石を砂金に見せた。
「あら? これ、魔除けの石に似ているわね。それと――瑠璃色の石? 綺麗だわ」
「ご名答じゃ。姫の力にかかった者が持っておったわい」
「すごいわ。さすが姫!」
魔除けの石は、1つだけでも凄まじい力を発揮する。それが2つも手に入れたとなれば、もはや敵なし。何でも盗み放題だ。
「帰ってきたら、たくさん可愛がってあげなくちゃ。……ところで、肝心の姫はどこ? あのデカブツもまだ帰ってきてないようね」
きょろきょろと辺りを見渡す砂金。すると、老婆は悲しそうに目元を覆い隠した。
「うぅっ……。姫はな、消滅させられてしまったのじゃ」
「――――は?」
砂金の表情から、喜びが消え失せる。黒い瞳に、静かな怒りが宿った。
「姫はな、姫はな……。異人の男に酷いことを言われて、傷ついてしまってな。心が完全に壊れて、消滅してしまったのじゃ……」
砂金の身体に、禍々しい気配が纏う。それとともに、コレクション達が、ゾンビのように動き出した。
「許せない……!」
砂金の怒りに共鳴するかのように、コレクション達がうめき声をあげる。その様は、まさに百鬼夜行。さながら、おぞましい亡者の行進だった。
「教えて、おばば」
亡者どもを従えながら、砂金は老婆に問うた。
「姫を殺したのは誰――?」
老婆は、にぃっと口角を上げた。
「天竺の聖者、光る指を持つ者――灯指という男じゃ」
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