第19話 撤退
────カァァァン!
金属音とともに、重太丸の太刀が払われる。激しい戦いに、決着がつこうとしていた。
「終わりだ、重太丸」
多襄丸が、丸腰となった重太丸に刃を向ける。重太丸は、まだ終わってないと言わんばかりに、目の前の敵を睨み返した。
「大したもんだな。そんだけやられても、まだ膝を付かねぇとは」
体の至るところを何度も打ちつけてもなお、重太丸は戦う意志を捨てていない。まだ成長途中の体は、とっくに限界を迎えていたが、戦闘態勢を崩しはしなかった。
「その歳で立派なこった。殺すにゃ惜しいが、こっちも仕事なんでね。死んでもらおうか」
多襄丸が太刀を振り上げた、その時だった。
「────ッ!?」
大きな地鳴りの音とともに、建物全体が揺れ出した。天井から、パラパラと木屑が降ってくる。屋敷が、崩壊を始めているようだった。
「チィッ! あの女、しくじりやがったな!」
姫の敗北を悟った多襄丸は、すぐさま重太丸にトドメを刺そうとする。重太丸は攻撃に備えようとしたが、激しい揺れに立っていられず、その場に崩れ落ちてしまった。
「ぐ……ッ!」
もはやこれまで。重太丸は死を覚悟したが、目の前に梁が降ってきたことにより、多襄丸の攻撃を免れる。
「ちッ……!」
遮るように落下してきた梁に、多襄丸は舌打ちをする。状況的に重太丸を仕留めることは不可能と判断した彼は、次にとるべき行動を冷静に考えた。
逃げるか、無理やり手柄をとるか。何か価値のあるものはないかと、辺りを見渡す多襄丸の目に、衾を被って蹲るサヤカが映った。
「いやぁあああ! 何で地震!?」
悲鳴をあげるサヤカの姿に、多襄丸の口角がにぃっと上がる。多襄丸は、力を込めて床を蹴ると、一瞬でサヤカのもとへ跳躍した。
「え────」
突然目の前に現れた大男に、サヤカは目を丸くする。武骨な手が、サヤカへと伸ばされた、その時だった。
「サヤカちゃん!!」
多襄丸の手が届くよりも早く、灯指がサヤカを抱きかかえ、神通力で離れた場所へ移動した。
「灯指さん……!」
「遅くなってごめんね。間に合ってよかった」
灯指はにっこりと微笑むと、そっとサヤカを下ろした。
「クソ……ッ!」
灯指の帰還を目にすると、多襄丸は悔しそうにその場から撤退しようとした。
「――あの女の仲間か」
灯指は、冷たい表情で多襄丸の後ろ姿を眺めると、すぅ、と手を前に出した。
「ちょっとお仕置きしようか」
悪敵に鉄槌を食らわすべく、灯指は落下物の軌道を逃げる多襄丸の方へ向けた。──が、しかし。
「──
多襄丸がそう告げるとともに、灯指の周囲を暗闇が覆った。何も見えず、何も聞こえず、抱えていたはずのサヤカの感触すらも消え去ってしまった。
「────!?」
──しかし、それは一瞬で解消された。灯指が我に返る頃には、多襄丸の姿はなかった。
(何だ……? 今、何が起きた……!?)
力を使われたのは明白だったが、何が起きたのか理解する間もなかった。
「灯指さん!」
サヤカの声で、灯指ははっとする。
「どうしたの、急にぼーっとして」
「ううん、何でもないよ」
サヤカには効いていないようだ。何事もなかったことをに安堵するのもつかの間、大きな音を立てて屋根が落下してきた。屋敷は、あと数刻もしないうちに全壊してしまうだろう。
「……行こうか」
今は脱出が最優先だ。灯指は、サヤカと重太丸を脇に抱えると、神通力で屋敷から抜け出した。
◇
無事に脱出した後、3人は崩壊していく屋敷に目を向けた。屋敷は、完全に崩れ去ると、何の跡形もなく消え去った。
「女だけじゃなく、あの屋敷も亡霊か」
灯指が、何とも言えない表情で呟いた。
「え、亡霊!?」
「ううん、なんでもな――」
灯指は、言葉を不自然に止め、目を丸くした。違和感のある反応に、サヤカは困惑の表情を浮かべた。
「え、どうしたの?」
灯指の反応が理解できず、その答えを求めるように重太丸の方に目を向けるサヤカ。重太丸は、何故か顔を真っ赤に染めて棒立ちしていた。
「え、何……? わけわかんな……」
何気なく下を向いて、サヤカは全てを悟った。
――屋敷が幽霊のように消えたというのなら、建物の中にあった物も例外ではなく……。
「い……っ、いやああああああああああ!!」
サヤカは顔を真っ赤にし、その場に蹲った。彼女も大学生故、全く経験がない訳ではないが、さすがに出会ったばかりの男2人に下着姿を見られて平然としていられるほど、ビッチでもない。
(もう死にたい……。殺して……)
ぎゅっと目を閉じ、カタカタと震えるサヤカ。恥ずかしさに消え入りたくなっていると、ふわりと暖かいものがかけられた。
「とりあえず、これ着て」
灯指の優しい声に、おそるおそる目を開ける。彼は、ピンク色のワンピースを持っていた。それは、つい最近サヤカが購入した服だった。そして、羽織らされたものは、家にあるバスタオル。
突如現れた私物に、サヤカはぎょっと目を剥いた。何故、灯指が彼女の私物を知っているのか。まさか、プライベートの侵害……? サヤカは顔を引きつらせながら、灯指とバスタオルを交互に見た。すると、灯指は困り顔で、口をへの字に曲げた。
「戸惑うのは分かるけど、今は服着て。子どもには刺激が強いんだから……」
「おい! 誰が餓鬼だ!!」
すかさず言い返す重太丸。激闘を繰り広げた後だというのに、若い体は疲れを知らない。
「着たよ! 灯指さん、本当にありがとう!!」
急いでワンピースを着ると、サヤカは全身全霊でお礼を言った。彼女の人生において、最も感謝した瞬間だった。
「うん、良かった良かった。――ところで……」
灯指が突然、真顔になって言った。
「サヤカちゃん、石は?」
「ああ、持ってま……あれ?」
肌身離さず持っていたはずの石が、いつの間にかなくなっていた。
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