第17話 闇夜の襲撃

「きゃあああっ!?」


 振り下ろされた太刀を、サヤカは何とか避ける。しかし、衾ごと床を転がってしまい、身動きが取れなくなってしまった。


「チッ、避けたか」


 重太丸は、太刀を一振りすると、再び構え直した。その目には、燃え上がるような殺意が宿っていた。


「重太丸くん、どうして……?」


 戦は終わった。双方の大将も納得したうえで、和解したというのに。

 何故彼は、まだ刃を向けるのか。サヤカが怯えながら問うと、重太丸は彼女のすぐ横に太刀を突き立てた。


「何故、だと……?」


 その声は、怒りで震えていた。


「本当に仲間になったとでも思ったか、馬鹿が! あれほどの屈辱を受けて、貴様らに下るわけがないだろう!」

「そん、な……」


 純友に言われた、「敗れた相手の軍門に誘われることは、この上ない屈辱だ」という言葉。あの場で赦されたと思っていたのは、甚だしい勘違いだったことを突きつけられる。


「おれは、貴様を殺すために着いてきたんだ! 2人きりになるのを、ずっと待っていたんだよ!」


 そう叫ぶと、重太丸は床から太刀を抜き、サヤカに刃先を向けた。


「死ねぇええええええッッ!!」


 刃がサヤカの身体に突き刺さる、その寸前。


 ──ドォォオオン!!


 爆発音とともに、障子が大破された。


「オイオイ、仲間割れかぁ?」


 大柄で屈強な男が、部屋の中に入ってくる。それに続いて、手下と思われる集団が、次々とやってきた。男は太刀を肩に担ぐと、ニヤリと笑みを浮かべた。


「上手くいったな、六の宮の姫さんよぉ!」


 男がそう叫ぶと、小袿姿の少女がしずしずと歩いてきた。彼女は、サヤカ達を案内し、もてなしてくれた屋敷の主だ。

 灯指の懸念は、見事に的中していた。やはり、罠だったのだ。少女は、サヤカ達を殺すために、屋敷に誘い込んだのだ。


「耐え難い苦難に置かれている時、人は、無条件の救いに抗えません。この荒廃した世界で、弱き者を甘い密で誘い出すのは容易いこと。当然の結果ですわ」

「弱者だと……?」


 重太丸の眉が、ピクリと動いた。


「ハッ、すかしやがって。相変わらずいけすかねぇ女だな」

「ではご機嫌よう。わたくしは私の立ち位置に参ります」


 男の悪態を無視すると、女はすぅっと姿を消した。女の消失を見届けると、男はサヤカ達に視線を戻した。


「さてと、俺らも仕事をしますか! おいてめぇら! ガキ共の身ぐるみ剥がしてこい!」


 男が太刀を前に突き出したのを合図に、配下の男たちが一斉に襲いかかってくる。


 ──ああ、もう、ダメだ。このまま殺されてしまう。サヤカが死を確信した、その時だった。


「フンッ!」


 一番先に襲いかかってきた男を、重太丸が斬り伏せた。続く2、3番手の男たちも、彼は連続で捌いていく。一瞬にして、3人もの男たちが地にひれ伏してしまった。

 重太丸は、彼らの屍を一瞥すると、残りの手下たちに太刀を向けた。

 手下たちの動きが止まる。中には一歩下がる者もいた。皆、恐怖で顔を強張らせている。


「す……すごい……」


 中学生くらいの少年が、大の大人を圧倒している。衝撃の光景に、サヤカは驚愕して目を見開いた。


「おい、てめぇら!!」


 大柄な男の怒号に、手下たちの肩が一斉に跳ねる。


「下がれ! そのガキは、てめぇらみてぇな雑魚が叶う相手じゃねぇ。俺が直々に相手する」


 男は太刀を構えると、下衆な笑みを浮かべた。


「その間、てめぇらはその女でも犯してろ!」

「えっ……?」


 男のとんでもない発言に驚く間もなく、手下たちが雄叫びをあげながらサヤカに押し寄せる。


「ひぃっ!」


 欲情した獣のような表情、伸びてくる無数の手。恐怖のあまり、サヤカは衾に顔を埋めた。


 もうダメだ、無惨に殺されてしまう。サヤカはそう確信した。……しかし。


「ぎゃあっ!?」


 獣たちの手が、サヤカに届くことはなかった。蛙の潰れたような声とともに、どさりと倒れる音が聞こえた。


「どういうつもりだ?」


 男の怪訝な声。いつまで経っても襲ってこない乱暴な手。不思議に思い、サヤカが衾から顔を覗かせると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 なんと重太丸が、サヤカを庇うように手下たちの前に立ち塞がっていたのだ。


「俺見たぜ。お前、その女を殺ろうとしてたよな? それがどういう風の吹きまわしだ?」

「黙れ! この女を殺すのはおれだ! 下衆な盗賊に横取りなどさせるか!」


 そう叫ぶとともに、重太丸の太刀が青く光った。光はやがて水へと変化し、彼を囲うようにして広がった。


「これは……」


 ──そう。サヤカがこの世界に転移して間も無く目の当たりにした、最初の異常性。純友が扱っていた、水を纏った太刀。それが今、重太丸に引き継がれ、力を覚醒させたのだ。だが、純友が使っていた時は、青い光は発せられていなかった。別の者が使用した故なのか──あるいは、重太丸は、父を超えた潜在能力を有している故か。

 それを知るのは、水の太刀を扱ったことのある者のみだ。


「へぇ。面白ぇ術だ」


 男は顎に手を当てながら、興味深そうに重太丸を観察した。その表情は冷静だったが、黒い双眸には、隠しきれない興奮が宿されていた。


「おれの名誉を損する者は──皆殺しだ!」


 重太丸が叫ぶと、水が鋭い刃のように手下を切り裂いた。その切れ味は凄まじく、人体を切断するほどだった。まるで、彼の殺意を具現化しているようだ。


「死ね! 死ね! 死ね!!」


 太刀を振るうたびに、水の刃が手下たちを切り裂いていく。そのたびに、人体に付いていたものがボトボトと床に落下した。

 そして瞬く間に、男が連れていた手下は全滅した。


「次は貴様だ」


 重太丸が、一連の戦闘を傍観していた男に切先を向ける。男の口角が、にぃっと上がった。

 ──次の瞬間、男は重太丸の目の前にいた。離れた場所から、一瞬で間合いを詰めてきたのだ。

 常人離れした動きに驚く間もなく、目にも止まらぬ速さで太刀が振り下ろされる。


「ぐっ……」


 素早く重い一撃。ギリギリのところで、重太丸はなんとか攻撃を受け止めた。


「お前面白いな! 小僧、名は何という!?」

「貴様に名乗る義理はない!」


 怒号とともに、重太丸は男の背後に水の刃を発生させる。完全なる死角からの攻撃に、男はすぐに切り裂かれる、そう思われたが──。


「つれねぇな!!」


 男は重太丸を蹴り飛ばし、次いで水の刃を大刀で受け流した。前方から攻撃されながら、見えないはずの背後からの攻撃を見抜き、両方対処したのだ。動きも読みも、化け物じみている。


「がはっ────!?」


 重太丸の体は吹っ飛ばされ、几帳ごと床に倒れ込んだ。背中や尻を強く打ち、端正な顔が痛みに歪む。それでもなお、視線は常に男を捉えていた。


「弱っちぃな。動きはなかなかだが力が足りん。ガキだからしょうがねぇが」


 男はそう呟くと、重太丸に向けて刃を向けた。


「俺の名は多襄丸たじょうまるだ! 今夜はとことん楽しもうぜ、小僧!!」


 男――多襄丸が、声高らかに名乗りを上げた。重太丸は、すぐに立ち上がると、太刀を構え直した。


「下衆と蔑んですまなかった。おれは重太丸。伊予掾いよのじょう藤原純友の子である。その名に恥じぬよう、全力で戦に挑む所存――――いざ、尋常に!」


 戦いの火蓋が、切って落とされた──。









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